人生写真道1 好きと役に立つ、どちらを優先すべきか?
みなさん、こんにちは。今日も読んでいただき、ありがとうございます。
今まで、ドラクエと写真をテーマに連載してきた「ドラクエ写真道」。
そして次に、子育てと写真をテーマに連載した「子育て写真道」というものを書いてきました。
そして今週からは8週間、人生と写真をテーマに、「人生写真道」という連載を始めていきたいと思います。
人生で誰しも考えるであろう、「なぜ生きるのか」「どういう人生を送るのがいいのか」「仕事とはなにか」などをテーマにし、それと写真の二大テーマで書くことで、人生の本質を探っていこうという企画です。
第1回目の人生のテーマはやはり「どういう人生が良い人生なのか」について、書いていきたいと思います。
良い人生とは
やはり私たちは生き物ですので、衣食住揃うというのが、生き物として欠かせない事柄になってきます。
寒かったり暑かったりする。お腹が空いている。家がなく吹きさらしの状態で暮らしているということだと、生命の危機に瀕していると言えます。
生命の危機がない状態というのが、人間が人間でいられる最低限の条件だと思います。
ただこの現代社会では、この衣食住はだいぶ揃っています。
もちろんまだまだこの世界には食べるものに困っている人はたくさんいますが、おそらくこのブログを読んでいる人で、衣食住に困っているという人は少ないと思います。
それよりも、どういう風に人生を送っていけばよいのかという別の問題にさしかっていると思います。
では衣食住が揃ったのならば、その後どういう人生を送っていけばよいのか。
それはやはり自分の好きなことをすることだと思うのです。
自分の好きなことだけすればよいのか?
自分の好きなことばかりすることは、こと日本においては奨励されていないと思います。
それよりは、他者への貢献や、周りに迷惑をかけないことの方が美徳とされています。
私はこの、自分の好きなことをするのと、周りの役に立つが、ちょうど交わるところを目指すべきと考えています。
やはり自分の好きなことばかりしていても、それで暮らせることにはならないでしょう。
例えば私のように写真が好きで、世界を旅して写真を撮りたいということをしたいとしましょう。
そういった夢を持つのはよいですが、それをするのには時間とお金が必要です。対価が発生しているのです。その対価が払えないのであれば、その夢は達成できません。
逆のことを考えると理解が容易かもしれません。もし他の人が好きなことばかりして、誰の何の役にも立っていなかったとしたら、あなたはどう思うでしょうか。きっとイラッとすると思います。何の働きもしないで、自分の好きなことばかりしてと。
人間は哀しいかな、心のどこかでは、目の前にある対象物が、結局のところ自分の役に立つかどうかで判断をしているんだと思います。そのお眼鏡にかなわないものは排除しにかかるのです。これは人間の生存本能なので、どうすることもできません。
ですから、好きなことをするのは自由だけれども、それで何かの役に立っていかないと、お払い箱にされるという悲しい現実が待っているのです。
しかしだからと言って好きなことをしてはいけないとは言っていません。要は好きはプロセス、役に立つは結果です。好きとか嫌いとかは別に相手にとってはどっちでも良くて、それよりもその結果が相手にとって役に立つかどうかが重要なわけです。
この、「自分の好き」と「相手にとって役に立つ」が両立するポイントを見出すことができれば、いわゆるWin-Winの状態になれると思います。
ここを人生のまずは目標とすべきと考えます。
いいねがつかない写真たち
次に、写真の面から考えてみましょう。例えば自分が撮りたい撮影テーマがあったとします。
私の場合はこのようなモノクロ写真で、光の差す陰影がまったりとおとなしいものが好みです。

しかしこれをSNSに投稿してみても、さっぱりいいねがつきません。
ハッシュタグの付け方が悪いのか、自分のフォロワーの中にこういった写真が好みの人がいないのか、そもそも写真の出来として悪いのか、いろいろと要因は考えられますが、あまりいいねはつきません。
ここで一般的には「あぁ、おれの写真って良くないんだ」と思って、投稿をやめます。みんなから「そんなの興味ないよ」と言われている気がして、投稿するのをやめてしまうのです。
これは先ほどの人生編で書いた、「自分の好き」と「相手の役に立つ」が両立していない状態だと一見思います。自分の好みの写真を相手に見せる、しかし相手が興味を示さない。つまりWin-Loseの状態となるわけです(自分はWinだが、相手がLoseとなる)。
しかしこれには重大な落とし穴があります。それはいいねの数に惑わされているという点です。
例えばインスタで自分がフォローしている人を見ると、何万フォロワーとか、千いいねとか、桁の違う異次元のインフルエンサーの投稿が自分のフィードにたくさん流れてきます。
そうすると、この何万フォロワーとか千いいねが当たり前のように思ってしまうのです。刷り込みは怖いものです。そんな異次元の超人たちの行動が普通に見えてきて、なぜ自分はできないのか、と変に自信をなくしてしまうのです。
これは小学生でグラウンドを走っている男の子が、急にオリンピック会場でメダリストの走りを見るのと同じです。現実世界でそんなことが起きても(実際は起こりませんが)、「なんで自分はメダリストのように走れないんだ・・・」と自信をなくすことはないでしょう。
それはなぜかというと、現実問題無理だとわかるからです。小学生の子どもの自分が、筋骨隆々のメダリストに走りで敵うわけがありません。それよりも素晴らしい走りを見て、感動することでしょう。
SNSの欠点として、簡単にヒーローたちの活動を目の当たりにできてしまうため、それが自分にもできるんではないかと勘違いしてしまう点です。基本的にインフルエンサーになれるのは一握りの人たちであり、そこにたどり着くのは至難の業です。
それよりも、もっとターゲットを絞って、「相手の役に立つ」の”相手”を定義した方が良いと考えています。相手の役に立つというのも、何も何万人の役に立てと言っているわけではありません。
それよりも「誰の役に立つか」を明確にしてそこへアプローチしていけば良いと考えます。
先ほどのSNSで自分の投稿にいいねがつかないという点も、実は多少のいいねはついています。そしてそのいいねにとても価値があるのです。
これは私の、モノクロでおとなしいトーンの写真をいいと思って、わざわざいいねボタンまで押してくれている人です。ここが「自分の好き」と「相手の役に立つ」がまさに両立している点なのです。
ここを大事にしなければなりません。一見数は少ないように見えますが、それは全然大したことではありません。それよりも自分の好きと相手の役に立つが両立できているという方がよっぽど重要です。
こういった自分の好きに「いいね」と言ってくれる人を大事にして、自分の好きを続けていくことが、写真を誰かに見せるときにも非常に重要な考え方だと思います。
好きと役に立つを両立させる
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。いかがでしたでしょうか。
自分の好きばかり追い求めても、誰かの役に立てないと、いつかはそっぽを向かれる。だから自分の好きと相手の役に立つが両立する点を探そうという話をしてきました。
写真編でも書いたように、別に相手とは大量の人を指しているわけではありません。自分の好きに共感してくれる人を大事にして、その人の役に立つような行動をしていく。
それが人生を豊かに過ごすためのポイントだと考えます。
今回は以上になります。ありがとうございました。










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