歴史(3)大航海時代
ルネサンス期を迎え、今までの中世のキリスト教1色の世界から段々と変わっていき、外の世界に各国が目を向けるようになってきた。
スペイン
イベリア半島にあるスペインは海に近く、大航海時代に名乗り出るのにうってつけであった。
ここは長らくイスラム教徒に支配され、711年から1492年まで領土回復運動というレコンキスタ運動が盛んであった。
なんとかイスラム教徒からイベリア半島を奪回したスペインは、神聖ローマの血を引くハプスブルク家と、スペイン王が結婚し、神聖ローマの色を濃く受け継ぐ国となった。
そこからカルロス1世の時代に入るが、コロンブスが新大陸を発見し、銀山で銀を掘りまくるなどして、一時的に経済が潤うことに。
フェリペ2世の時代と続くが、近新婚が原因でお家断続。1700年のことだった。レコンキスタ終了から200年くらいしか続かなかった。
オランダ
オランダはスペインのもう少し北。ここも海に面している。
オランダは、1618〜1648年の、カトリックとプロテスタントの宗教対立の戦争ののち、1648年のウエストファリア条約により、独立が認められた。
ここは干拓の土地であることも特徴だ。オランダはVSスペイン(カトリック系)のため、プロテスタントの国。プロテスタントとは、聖書に書いてあることが全てということで、全て書かれている=決まっている=予定説というのを信じており、例えば日本にキリスト教布教のため訪れていた外国も、オランダとは外交していた。それはオランダがプロテスタントだからである。プロテスタントは全ては決められているという信条のため、わざわざ自分から熱心に布教したりしない。
オランダは、オランダ東インド会社を設立したことでも有名だ。いわゆる株式会社はここで生まれた。
株式会社は自分が出資した株式の分だけ責任を負う。一人で事業を興すのは非常に大変だが、出資してもらい、もしその事業が失敗してもその出資分の損を、出資者が背負うだけである。逆に稼げた時は出資額に応じて分配する。
この仕組みにより、大航海時代で船を出すなどお金がかかる事業を成立させることができた。
オランダでいうと、レンブラントやフェルメールが有名でもある。
大航海時代がもたらしたもの
特にスペインとオランダにおいて、大航海時代を振り返ってみたが、どんどんと外に出ていく動きが見られる。そういった内→外における活動が大航海時代ではなかったのではないだろうか。
次回はイギリスとフランスを見ていきたい。
以上
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