第2部 ケイのがっこう 第1章 清掃委員シバ

この物語は、ある小さな村にある、ダンケ学校での、教師ケイと、生徒10人によるやり取りを記録したものである。

教室の汚さが気になる

ここはダンケ学校。小さな村にある学校なので、全校生徒は10人しかいない。みんな大体6歳〜10歳くらいの子どもたちである。

その生徒たちをまとめるのが、教師のケイである。髭を少し蓄えた青年で、30代の後半といった風貌だ。

とても優しい目で、笑うとニカっと白い歯が覗くのが特徴的であった。

今日はケイのクラスにいる、シバという女の子の話である。

シバは教室の整理整頓、掃除を指揮する清掃委員の係を担当していた。

とても細かく他の生徒たちにも指示出しをしており、少し口うるさいくらいであった。

そんな細かいシバに嫌気がさした他の生徒は、シバの陰口を立てることもあった。

「別にそこまで厳しくしなくてもいいじゃないか」

「それって、シバちゃんのこだわりなんじゃない?そんなこと私たちに押し付けないでよ」

ケイは他の生徒たちがそんな風にシバのことを言っているのに耐えられなく、放課後少し、シバと話をしてみるのであった。

二人で話してみる

「シバさん、最近はどう?学校は楽しい?」

ケイはさりげなく近況を聞いてみた。それに対してシバは、

「全然楽しくないよ。みんな私の言う事、全然聞いてくれないんだもん。どうしてみんな私の言う事、聞いてくれないんだろう」

と、不思議がり、かつ怒りを感じているようであった。

「たとえば、どんな事で、みんな言うことを聞いてくれないんだい?」

ケイは質問をしてみた。

「たとえば、教室の後ろにロッカーがあって、そこにかばんとか置いてあるでしょう?

 そのロッカーの上は整理整頓のために、何も置かないようにみんなに言っているの。ロッカーの上にものがごちゃごちゃとあったら、汚いし、気分悪いでしょう?

 でもみんな、ロッカーの上に、私物をどんどん置いちゃうんだよね。置いてあったら注意したり、張り紙まで貼ったのに、本当にみんなは掃除ができないダメな子達なんだよ」

シバは呆れ返って、ぶつくさと文句を言っていた。

「まあ確かに、みんなが自分の言うことを聞いてくれないと、腹が立つよね」

ケイは一旦、シバの言うことに同意した。

「そうでしょう?私の計画は完璧なのに、従わないみんなが悪いのよ。だから、先生。教室が汚いのは清掃委員の私のせいじゃなくて、言うことを聞かないみんなのせいだからね」

うーん、これは参ったな、とケイは思ってしまった。

こういったケースは大人でもよくある。自分はやるべきことをやっているのに、それに応対しない相手が悪いのだと。自分が正、相手が間違いとなってしまうと、もう交渉の余地は無くなってしまうのに、それがわかっていないらしい。

ただ、ここで、「相手の気持ちを慮ろう」とか「相手の立場になってみよう」などと言っても、無駄であることは、ケイの経験上察せていた。この場合、自分の思いが強すぎてしまって、一歩相手に譲ろうなどという考えは出てこないのだ。

他の生徒からの意見

そこに、校庭で遊んでいた、他の生徒である、ミドが教室に入ってきた。

「なに、二人で話してるの?」

ケイは答えた。

「うーん、別に。ちょっとお話しているだけだよ」

「ふーん」

ミドは非常に賢く、物事の本質を捉えるのが上手な子というのが、ケイの印象であった。だから、気にはなりつつも、相手が嫌がることは深く踏み込んでこない。そういう良識もある子であった。

「ちょっと、教室の掃除のことについて、話をしていたんだ。シバさんは色々とみんなに声掛けしているんだけど、なかなかみんなが協力してくれないってね」

ケイは少しぶっちゃけるつもりで、ミドに打ち明けてみた。すると、ミドはこう言った。

「いや、シバちゃんの言う事は正しいよ。そりゃあ、教室がきれいな方がいいに決まっているし、それはわかっているんだけどさ」

「わかっているのに、なによ」

シバは少し責めるような感じで、ミドに問いただした。

「いや、はっきり言ってめんどくさいんだよね。僕なんか特にめんどくさがりだし。ロッカーの上が空いているんだったら、そこに置いちゃった方が楽だし、ついそうしてしまうんだよね」

「それはつまり、悪気があってやっているわけじゃないんだよね」

ケイはミドに助け舟を出した。そうそう、とミドは答えた。

「でも悪気がなくても、汚くしているのは事実でしょ?」

「まあ、そうなんだけどさ」

そこでもうミドもギブアップだった。そう、正論は正しい。と言うよりも、正論を覆す方が難しいのだ。正論の一本槍で来られてしまうと、このように、反論ができなくなってしまうか、それか自分なりの正論で喧嘩になってしまうか、どちらかしかないのだ。

かといって、相手の正論に服従してしまうと、自分がやりたくもないことをしなくてはいけなくなってしまう。それに服従してやったところで、腹の奥底では納得していないから、クオリティは下がるし、少し時間が経ったらまたやらなくなってしまう。

まずはみんなに現状共有

そこでケイはシバに提案してみることにした。

「シバさんはいつも教室を綺麗にしようとしてくれて、本当に助かっているよ。でもみんなも忙しいし、不得意な人もいるから、完璧にピカピカにしておくのは、なかなか難しいのかもね」

シバはうーんと唸り、

「確かに、これだけやってもみんな聞かないんだから、みんなにはもう無理なのかもね」

と、諦めた口調で言った。

「でも私の性格かもしれないんだけど、汚い教室で勉強するの、本当に嫌なのよね。勉強に集中できないし、気持ち悪いし・・・」

話を聞いていくと、どうやら清掃委員としての役割もあるが、個人的な性格として、散らかっているのがどうしても気になるらしい。

「かといって、シバさん一人で教室の掃除を毎日するのはしんどいよね」

「そうね、私一人では嫌だし、みんなの教室だからみんなも掃除してほしい。

 私がちょっと神経質なところもあるかもしれないけど、もう少し教室は綺麗な状態にしておきたいな」

そこでミドは言った。

「わかったよ、クラスのみんなにも明日その話をして、シバが教室の汚さが気になっていることを、教えてやろう」

「そうだね、みんなにも共有して、みんなの教室だからもう少し整理整頓をするよう、声掛けしていこう」

それでこの話は一旦終了した。

シバとミドが教室から出て行って、一人になったあと、ケイは考えていた。

同じことの繰り返し

今後どうなるだろう。おそらく一時的にはクラスのみんなは協力してくれるだろう。

しかし残念ながら、また教室は段々と汚くなっていって、シバがイライラし出して、また同じような話し合いが持たれるであろう。

抜本的な解決策はないのだろうか。今回はこどもたちの話であったが、本当にこういう話はコミュニティの中ではよく発生する。

誰か一人がそのコミュニティのある部分の改善を申し出て、他の人たちも一旦賛同するが、じきにその効果が薄れていく現象だ。

ただ、人はそれぞれ違う。同じ人はいない。違いすぎるとなんとかお互い歩み寄ろうとしても、じきにまた離れていってしまう。

そこにはやはりWin-Winとなる何かが必要なのだ。教室を汚くする子どもたちにとって、何かWinになることがないと、継続しない。ではそのWinはなんなのか。

そのWinはまだなにか見つかっていない。それに、もしかすると、シバの方が先に折れるかもしれない。人間社会はかくも難しい。そして意見や感性が違うもの同士のコミュニケーションは、非常に精神力を消費する。ケイは少しため息をついて、職員室に戻るのであった。

以上

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