第2部ー第2章 自分を責めやすい、スイスイ
この物語は、ある小さな村にある、ダンケ学校での、教師ケイと、生徒10人によるやり取りを記録したものである。
すぐに謝るスイスイ
スイスイは、特に自分のことを責めやすい女の子であった。
なにか友達と口論になった時も、すぐに「ごめん」と謝り、その次には「私が悪いから・・・」とその理由を全部自分のせいにするのであった。
スイスイが、相手のことを責めたり、自分は悪くないと主張することはなかった。だから学校のみんなもスイスイのことを、とても優しい女の子と認識していた。
しかし学校の教師であるケイは、少し気にかかっていた。客観的にスイスイと、クラスの子どもたちとのいざこざを見ていても、スイスイが一方的に悪いケースは一度もなかった。
なんだかスイスイは本当は自分は悪くないと主張したいのに、我慢してしまっているのではないか、そう心配したケイは、放課後に、少しスイスイと話すことにした。
無理をしていないか
「スイスイ、どう最近は?元気?」
またいつものようにさりげなくスイスイに、最近の様子をケイは聞いてみた。
「もちろん!毎日学校楽しいよ。お友達も優しいしね」
そうスイスイは笑顔で答えた。そこに無理をしている様子はない。
杞憂だったのか、そうケイが思った時であった。クラスの清掃委員でもあるシバが教室に入ってきた。
「忘れ物しちゃった。私としたことが、ちょっとお邪魔するわね」
そういって、ずかずかと、シバは教室に入ってきた。
「なに、話しているの?」
そう聞かれたシバに、ケイは
「ちょっと最近の様子を、スイスイに聞いているんだよ」
と答えた。
ふーんと言ったシバだが、その後に出てきた言葉に、ケイは少し驚いた。
「それにしてもスイスイ。私、前から思っていたことなんだけど、あなたそんなに謝らなくていいと思うわよ」
それはケイも同じく考えていたことであり、今回の話の主旨になる部分であった。
「え、そうかな。私はあんまり意識してないのだけれども」
そう言うスイスイに対し、シバは、
「なんだか私が見ていても、それはスイスイが悪いわけじゃないよね、と言う時もすぐスイスイは相手に謝るから、なんか無理してないのか、心配になるのよね」
と、ケイも同じことを考えていたことを言った。やはり子ども同士でも気づいている子は気づいているらしい。
「そうかな、ありがとう。ちょっと気をつけてみるね」
笑顔でスイスイは答えた。本当に無理はしていないのだろうか。心配は残ったままだったが、その日の放課後の話はそれで終わった。
怒られたくない
スイスイは昔から、あんまり自分に自信を持てていなかった。周りからどう見られているのかがいつも気になっていた。それは性格か、外からの影響でそうなったのかはわからないが、そういう性格になっていた。
だから、相手から強い口調で反論されると、すぐにそれを消火すべく、まずは謝罪して相手の怒りを鎮火することに集中した。
それで相手の怒りは収まるのだが、やはり個人的にはもやもやしていた。どうして自分が謝らなければいけないのだろう。今日、先生とシバにも言われたが、やはり自分が悪くない時は反論してもいいのではないかと思えてきた。
でも怖い。相手と口論して相手の怒りを買うのが怖かった。どうしよう、どうしようと考えていて、結局その日はあまり眠れなかった。
少しの勇気
次の日の学校で、スイスイは寝不足で機嫌が悪かった。でもそれは外にはおくびにも出さない。クラスのみんなが気分よく過ごせるよう、いつものように十分配慮しながら授業を受けていた。
それでもやはり寝不足でイライラしていた。
そんなとき、クラスのボージュが授業を聞きながら鼻をほじっているのが見えた。
スイスイはボージュのことがあまり好きではなかった。ボージュはだらしなく、身だしなみもお世辞にも綺麗とは言えず、いつもボーとし、鼻水を垂らしていることもある男の子であった。
スイスイは、綺麗好きで汚いものが大嫌いであった。クラスのシバもスイスイのように綺麗好きであったので、よくボージュはシバに怒られていた。
あなた、鼻出ているわよ、鼻をかみなさい、とか。
鼻をほじらないでよ、汚いでしょ、とか。
咳をするんだったら、マスクをしてよ、とか。
スイスイが心で思っていても言えないことを、シバはズケズケと言うことができて、実はスイスイはそんなシバのことをうらやましいと思っていた。
しかしそんな頼りになるシバも、今日は学校を休んでいる。なにか家庭の事情らしい。
だから今日のボージュはやけに生き生きとしている。いつも口うるさいシバがおらず、羽を伸ばしているようだ。
それにしてもボージュが鼻をほじるのが気になる。汚い。やめてほしい。そんなとき、昨日のケイとシバからの言葉が頭に蘇ってきた。
「別にスイスイがそんなに謝らなくていいんじゃない?」
そうか、別に自分が悪いわけではないんだから、ただ単に嫌だと言えばいいんじゃないか?
寝不足で頭の状態が少しいつもと違っていたからか、今日のスイスイはいつもと違っていた。
授業が終わった後、スイスイはボージュの方に向かって行った。
「ねえ、ボージュ」
スイスイはボージュに話しかけた。心臓がバクバクと脈打っているのがわかる。緊張して、顔が赤くなっていたかもしれない。でももうスイスイは、自分の気持ちを伝えようと、決心していた。
「なに?」
まだボージュは鼻をほじっている。そんなにほじって、鼻血が出ないのだろうか。
「そのー、そんなに鼻をほじって、痛くないの?」
本当は、鼻をほじるのやめてよ、汚いから、と言いたかったのだが、いきなりそんな飛び級はスイスイはできなかった。非常にオブラートに包んだ形で、まずは鼻をほじっていることに触れた。
「んー、別に痛くないよ、ていうかそんな気にしてほじってないし」
「ふーん、そうかあ、そうだよねぇ」
スイスイは一旦ボージュの言葉を受け取った。そして続いてこう伝えた。
「なんか私の意見で申し訳ないんだけど、鼻をほじると鼻の粘膜を痛めるから、やめた方がいいんじゃない?」
だいぶ、遠回しに言っているなぁと思いつつ、スイスイは伝えた。本当は鼻をクラスでホジホジするのをやめてほしいのに。
「あー、そう?わかった、きをつけるよ」
そのボージュの反応に、スイスイはびっくりしてしまった。鼻をほじるのをやめてくれた。夢のようなことが起きた。
この日スイスイは非常にワクワクした気持ちで家路についた。自分の言葉によって世界を変えられた。今まではグッと我慢して堪えることしかしてこなかったが、勇気を出して飛び込んでみたら、不完全な状態にも関わらず、相手の行動が変わった。
これは大いなる発見であった。今まではしょうがないかとあきらめていたが、勇気を出して飛び込めば、変わることもあるということを知った。
スイスイはこの日、なにかしらの手応えを掴んだのであった。
以上

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