第10章(最終章) 会話とはなにか
今までの登場人物
・クウ
タール村に住む、心優しい青年。チョウリという職場で働いている。好きなことは絵を描くこと。自分の好きなことで暮らしていけないか、模索している。
・ケー
クウの友人。学校で教師をしているかたわら、アクセサリーの販売を行っている。多くの経験から、クウにアドバイスを施す。
・ダーヨ
偶然出会った占い師。昔は王国のお墨付きの大臣であった。奇抜なアイディアで人にアドバイスをする。少しひねくれているが、実はいい人?
・カナッサ
チョウリでクウと同じく、皮製品を売る仕事をしている。クウの先輩。男気があり、かつユーモラス。喫煙者。
・チョウリ社 社長
チョウリの喫煙所にたまに出没。クウに一目置いている。
・ゴシカ
タール村の図書館で働く女性。クウのお姉さん(お母さん?)のように、厳しくも暖かく、見守る。
・タール村図書館 館長
タール村の図書館の館長。基本暇をしている。昔はバリバリの教育パパであったようだ。
・チェケラ
チョウリで、お金周りの管理をしている。目下のものに、マウントを仕掛けて来がち。
特別授業
クウは、友人のケーに誘われて、ケーが働く学校にやってきていた。
先日、ケーと会った時に、今度学校に遊びにおいでと誘われたのだ。ケーが言うには何やらクウに見せたいものがあるらしい。それは知らされないまま、まずはケーの言う通りに、学校にやってきた。
教室に到着すると、10人ほどの生徒に対し、ケーが授業を行っていた。
クウに気づくと、ケーは笑いながら、右腕を上げた。
「クウくん!来てくれたんだね。さあ、こっちへ」
そう言って手招きして、教壇の上に、クウを呼んだ。
クウは少し照れながらも、教壇に上がった。
「今日はみんなに特別ゲストをお呼びしたんだ。先生の友達で、クウくんだ。みんな、あいさつをして」
そうケーが言うと、生徒たちは、こんにちは、とクウにあいさつをした。クウも笑顔で、こんにちはとあいさつをした。
「ケーさん、お呼びいただいてありがとうございます。でもなんで今日、ぼくを呼んでもらったんです?」
クウは自分が呼ばれた理由を知らされていない。なぜ自分が学校に呼ばれたのか、不思議でしょうがなかった。
「実は今日、おもしろい授業をするんです。それをクウくんにもやってもらおうかなと思いまして」
「おもしろい授業?」
「ええ、まあ、見てもらった方が早いと思いますよ。それじゃあみんな準備して」
そう言うケーの掛け声に応じ、生徒たちはそれぞれ二人組を作った。10人生徒がいるため、5組のペアが出来上がった。
「それじゃあ、先攻の人から、ようい、はじめ」
ケーがそう号令をかけると、ペアのうち、1人がもう一人に話し始めた。
5人が一斉に話し始めたので、最初は何を話しているのか、聞き取れなかった。
ただ、だんだん聞いていくと、何やら、自分の要望を相手に伝えているらしかった。
「〇〇ちゃんのこういうところはいいところだと思うんだけど、ああいうところは直した方がいいと思うなあ」
とか、
「この前見た本がこう言う内容だったんだけど、僕はこう思ったんだ。〇〇ちゃんはどう思う?」
とか、
「お母さんにこんなこと言われたんだけど、僕はそうじゃないと思って、ケンカになったんだ」
など、最近あったことや、自分が思っていることについて、相手に話をしているようだ。
「ケーさん、これはなんなんです?普通におしゃべりをしているだけに見えますが?」
「ふふふ、そう思うでしょう。実はこれは対話の訓練なんです」
「対話の訓練?このおしゃべりがですか?」
そうです、とケーは答えてから、生徒に合図をした。
「よし、みんな。それじゃあ次は後攻の人、お願いします〜」
そうケーが言うと、今度は話を聞いていた方が、反対に、今度は話し始めた。
「褒めてくれてありがとう。あと、私のよくないところだけど、確かにそう言うところもあると思う。でも私としてはね・・・」
と、先ほどの意見に対し、反論したり、本の感想を言っていた少年に対しては、
「私もその本は読んだわ。おもしろいよね。ただ、その中でこう言う場面があったと思うんだけど、私はそれにこう思ったのよね」
と、持論を展開したり、またお母さんとケンカしたという子のペアは
「確かに、お母さんに急にそんなこと言われたらムカっとくるよね。でも、もしかしたら、お母さんって、こう言うことを心配したんじゃないかな」
など、これも相手の意見は聞きつつも、自分の意見を言っていた。
クウには3組しか聞き取れなかったが、先攻と後攻の人の話をまとめると、以下のような会話がなされていた。
先攻 | 後攻 | |
1組目 | 〇〇ちゃんのこういうところはいいところだと思うんだけど、ああいうところは直した方がいいと思うなあ | 褒めてくれてありがとう。あと、私のよくないところだけど、確かにそう言うところもあると思う。でも私としてはね・・・ |
2組目 | この前見た本がこう言う内容だったんだけど、僕はこう思ったんだ。〇〇ちゃんはどう思う? | 私もその本は読んだわ。おもしろいよね。ただ、その中でこう言う場面があったと思うんだけど、私はそれにこう思ったのよね |
3組目 | お母さんにこんなこと言われたんだけど、僕はそうじゃないと思って、ケンカになったんだ | 確かに、お母さんに急にそんなこと言われたらムカっとくるよね。でも、もしかしたら、お母さんって、こう言うことを心配したんじゃないかな |
そこで、クウはある重大な特徴に気がついた。
話す、そして聞く
それは、どのペアも、「ちゃんと会話をしている」と言うことだった。
じつはこれは想像以上に難しいことに、クウは気づいていた。
クウが働くチョウリでも、家庭でもそうだが、なかなかこの”会話”ができているのは少ない。
どうしても、自分の意見ばかりを言ってしまい、相手の話を聞くことは難しい。
ついこないだも、クウは家庭で、子どもに対し、それはいけないと一方的に怒ってしまった。もしかしたら子どもにも子どもなりの言い分があったかもしれない。しかしその時のクウは、「それはいけないこと」と、一方的に会話をすることをシャットダウンしていたのだ。
また、チョウリで働いているとき、管理をしているチェケラに対し、自分の仕事ぶりを注意された時、クウは何も言わず黙って、その指摘を受け入れていた。
これは会話にはなっていない。仕事だからという理由で、反論することを抑えるのは美徳とする風潮もあるが、最近それではいけないとクウは思って来ていた。もしできないのであればきちんとそれを相手に説明し、改善に繋げることが最も良い方法だと思っている。しかしなかなか今までの慣習で、そういった交渉というか会話をすることが、まだクウにとっては難しい行為であった。
しかし、この生徒たちは、その”会話”ができている。
自分の話を言い、それを相手が聞いて、自分なりの意見を返す。ものすごく基本なことなのに、案外それができている人が少ないことをクウは実体験から気づいていた。しかしこの生徒たちはそれをものの見事にマスターしている。クウは舌を巻いた。
「これが、ケーさんがぼくに見せたかったものなんですね・・・」
ケーはニッコリ笑って答えた。
「さすが、クウくん。気がついたようですね。僕が最後にクウくんに伝えたかったことはこれだったんです」
「えっ、最後って?」
クウは意味がわからず、ケーに聞いた。
「今日、無理を言って、クウくんに僕が働く学校に来てもらいました。ありがとうございます。最後に、この風景を見てもらいたかったんです。
僕は仕事の関係で、違う学校に異動することになったんです。今月一杯で、かなり遠いところへ異動になります。しばらくこちらには戻ってこれないでしょう」
「そんな・・・」
クウは心がどんどん萎んでいくのが自分でもわかった。
ケーはクウにとって大きな支えになっていた。もうケーと出会ってから何年も経っていたが、辛い時、悩んだ時はケーにいつも助けられていた。兄のように慕っていた。
そんなケーが自分の近くからいなくなってしまう。強烈な寂しさに、クウは襲われた。
「僕が見せたかったもの、それはこの普通に”会話”をする風景です。大人もそうですが、どうしても自分の利益などを優先して、相手から利益を吸い取ってしまおう、自分だけ良ければいいという姿勢が見えるような気がしてなりません。
そうではなくて、自分の意見を言い、そして相手の意見を聞く。この基礎動作をもっと身につける必要があると思ったんです。
それを意識するようになって、この”折り合い”という訓練を授業の合間合間に入れるようにしたんです」
自分と相手、半分半分
「”折り合い”?」
初めて聞く単語であった。いや、正確には「折り合いをつける」という言葉があるから初めて聞く言葉ではないのだが、その言葉だけを抽出して授業で取り扱うことなど、クウは全く理解できなかった。
「ええ、”折り合い”です。
”折り合いをつける”ともいいますが、あれはどういう意味だと思いますか?」
クウは少し考えてから答えた。
「折り合いをつけるとは、相手と交渉した時に、落とし所をお互いつけて、納得することだと思います」
「その通りです。素晴らしい答えです。僕はその折り合いをつける技術を、生徒につけてもらおうと思ったんです。
”折り合い”は、やり方としては簡単です。まず先攻の人が自分の思ったことを自由に話をします。そしてもう一方の人がそれをまず聞きます。この際、茶々を入れたりせず、まずはじっと相手の話を聞いてもらいます。
その次に、後攻の人の番になったら、その聞いた話に対して、まずは受け止めます。この受け止めが重要なポイントです。」
「受け止めが重要なポイント・・・」
「そうです、話を聞いて、すぐに自分の意見を言うのではなく、相手の意見に対し、あなたはこう思ったんだね、とちゃんと認識したことを相手に伝えるのです。キャッチボールで言えば、相手からきた球をすぐに投げ返すのではなく、ちゃんと受け取ったよ、と相手に伝えるのです」
「それにどういう効果があるんですか」
まだ合点がいっていない様子で、クウは聞いた。
「人間は、自分の話を相手に聞いてもらいたい、受け入れてもらいたいと言う願望を、本能的に持っています。クウくんもそう思いませんか?自分の話はできるだけ、静かに聞いてもらいたくないですか?」
確かに、クウとしては、自分の話をまず否定せず、ちゃんと聞いてほしいと思った。
「確かに、そうですね。自分の意見はまず相手に聞いてもらえたら、嬉しいと思います」
「そうですよね。だから、まずちゃんとあなたの話を聞いてこう言うことだと理解したと相手に伝えるのがまずポイントです。
そこから相手に自分の意見を投げ返すのですが、ここでもポイントがあります。それは相手の話を否定したり、自分の意見を押し付けないと言うことです」
それはかなり難しそうだな、とクウは思った。どうしても人間、自分の考えと違う意見を言われると、つい反論したくなってしまう。そうしないと相手の言いなりになってしまうという防衛本能が働くのではないかと、クウは思った。
「なんだか、反論してはいけないと言うのは難しいですね。何かコツみたいなものはないんですか」
そのようにクウが聞くと、待ってましたとばかりに、ケーが答えた。
「それが”折り合い”という言葉の中に隠されているんです。ミドくん、折り紙を1枚持ってきてくれるかな」
そうケーが言うと、ミドと呼ばれた少年が、折り紙を1枚持ってきてくれた。
「ありがとう。 それではクウくん、この折り紙を1回折ってくれませんか」
「普通に折ればいいんですか」
そう言って、クウは折り紙を折った。正方形の折り紙で、自然と折った際、真ん中で折るようになり、ピタッと端と端でくっつくような形になった。
「これが何か・・・?」
「おじさん、折った紙を広げてごらんよ」
先ほどその折り紙を持ってきてくれたミドという少年が、クウに話しかけた。
言われた通りにクウは折り紙を広げると、真ん中に折れ線ができていた。
その時はっと、クウは気がついた。中央の折れ線を中心に、紙が2等分されていたのだ。
「僕はね、クウくん。折り合いをつけるということは、その折り紙みたいに、折ると、正方形が半々になるでしょう。だから折り合いをつけるということは、自分の気持ちは半分にしなさいということなんじゃないかと思っているんだよね」
「自分の気持ちを半分に・・・」
「そう、自分が自分がと、がめつく気持ちではなく、相手と会話をしたり、交渉したり、折衝をするとき、つまり人と人とが触れ合う時、交わる時には、自分だけの気持ちを優先してもうまく行かない。折り紙だって、一人が1枚、もうひとりがもう1枚持っていたら計2枚になって、幅を取ってしまう。
しかし1枚の紙を折って半分にして、それをお互いつなぎ合えば1枚の広さで済む」
やっとケーの伝えたいことが、クウにわかってきた。相手と会話したり交渉したりする時は自分だけを満たそうとするのではなく、自分の要望は半分くらいに抑えて、相手のいうことを捉える。そして相手も自分の気持ちを半分くらい抑えて相手のことを考えると、コミュニケーションはうまくいくということを伝えたいのかもしれない。
しかし、その中でクウはある疑問を覚えたので、ケーに聞いてみた。
相手と同じくらい自分も大事
「しかし、ケーさん。自分の気持ちを半分だけにとどめておくと、相手の話ばかりを聞くハメになってしまって、自分のやりたいことができないなどという事態になってはしまわないでしょうか」
その問いに、ケーより先に、ミドが答えてくれた。
「そこ、大事なところだよ、おじさん。半分にしなきゃいけないんじゃなくて、半分は言っていいんだよ。ゼロじゃなくていいんだよ」
ここでまたクウははっと気がつくことができた。そうか、相手の話を聞くという点に集中してしまうのではなく、相手が何を言ってこようとも、自分の意見を半分言う権利があるという事だ。
「そう、ミドくんが言ってくれたように、半分は言っていいんです。半分と聞いて少ないなと感じることもあると思いますが、相手を優先しすぎてしまう優しい人の多くは、相手の意見を聞くばかりで自分の意見をゼロにしてしまうことが多々あるんです。
そうではなくて、相手がどんなに貪欲に要望をしてこようとも、相手と自分は平等。つまり自分も同じくらい意見を言っていいと言うことなんです」
ケーがなぜ今日クウをこの教室に呼んでくれたのかがやっと理解でした。
これこそ、今、クウに必要なことだったのだ。つまり人と人とのコミュニケーションの部分だ。
クウは優しすぎるがあまり、相手の言うことだけを聞いて自分のことは後回しにして、我慢をしてしまう性格だった。これはかなり精神的に負担がかかることだったが、どうしても性格上、クウはそれを直せずにいた。
ケーはそれに気がついていたのだ。そして自分がいなくなる前に、それを直す秘訣を最後にクウに伝えたかったのだ。もっと自分の意見は主張していい。それが会話であり、平等ということなんだと。
クウはこれまでケーから多くのことを学んできた。いやケーだけではない。ダーヨや、カナッサ、チェケラ、会社の社長。それにタール村の図書館の館長やゴシカなど、たくさんの人との会話からいくつものことを学ばせてもらった。
ここからはもうケーはいない。しかし、この最後の奥義のようなものを伝授してもらい、不思議とクウの心に不安はなかった。
ここからクウは何を学び、そしてどう生きていくのか。
まだクウの人生の旅路は、始まったばかりだ。
第1部 完。

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