第6章 不安とはなにか

前回までのあらすじ

タール村に住む心優しい青年クウ。彼は、自分なりに、好きなことを見つけ、それを継続していた。

様々な葛藤に悩みながらも一歩ずつ進むクウ。確実に自分だけの人生を歩みつつあった。

しかしまた彼の前には、新たな壁が立ちはだかるのであった。

不安でしょうがない

朝起きても、なんだか心がざわついている。

ここ最近ずっとそうであった。もしかすると、もっと前からそうだったのかもしれないが、ここ最近は顕著にそれを感じる。

なんだか不安なのだ。自分の好きなことを見つけ、それでなんとか食っていけないのか、日々自分だけのオリジナル商品が作れるよう、研究していた。

クウの好きなものは絵であった。最近嬉しいこともあった。絵が売れたのだ。二束三文にしかならなかったが、確かにお金を払って、お客さんが買ってくれた。純粋に、クウの絵に対し、誰かが見つけ、それを良いと思い、お金を支払ったという一連のプロセスをしてくれたことが、非常に感慨深かった。好きなことを続けてよかったと思った。もう、好きなことを始めて、5年以上が経過していた。

しかし冷静になって考えてみると、どうやってもこれで食っていけるとは思えなかった。このような二束三文では、一日何十枚と絵を売っても食べていけない。この商売でやり続けるのはとてもじゃないが、非現実的だと思った。

クウは本業として、皮製品を売る仕事で生計をたて、家族を養っていた。自分が好きだからという理由だけで、絵に専念するわけにはいかなかった。今、本職でちゃんとした収入があることに感謝し、それはそれとして続けるべきだと思っていた。

そう思うと、いつまでこの生活が続くのだろうと、クウは思った。好きな絵は、仕事や育児、家事の合間に続けられるが、絵を描くことを中心とした生活に、いつになったらなれるのか。もしかしたら、自分の人生がこのままの状態で続き、終わるのではないか。そう思うと、不安でモチベーションが下がってしまうのであった。

クウはまた、休日の朝に、いつもの小川に行こうと思った。そう、ケーに会うために。

「なるほど、自分の夢が達成できないのではと思って、不安・・・ということですか」

ケーはいつものように、親身になって、クウの話を聞いてくれた。それだけでクウは心が軽くなったような感じがした。

「夢に向かう時って、不安ですよね。そもそも実現するかどうかなんて、誰にもわからない。それでも歩み続けないといけない。霧の中を歩いているのと、同じようなものですからね」

「一体どうすればいいんでしょう。今の自分は本当に幸せ者だと思います。好きなことができて、収入があって、家族がいる。それなのにぼくはまだ欲しがっている。もっと自分本位な生活を。欲との戦いという感じです」

クウはため息をついた。なぜ人生というのはこうも苦しいのだろう。うまくいかない、それに対して、非常にイライラとした感情を持ってしまっていた。

「僕の話をするとね・・・」

そう言って、ケーは昔の自分の話を始めた。

「前に話したかもしれないけど、僕は教師の仕事以外に、アクセサリーを売る仕事もしているんだ。最初は全然売れなかった。まったくね。あぁ、やっぱり自分には無理なんだ。商売なんてできるはずない。僕はアクセサリーが好きだけど、それで食っていけるなんて、甘い話だったんだなってね。」

ケーは微笑を浮かべながら、当時を振り返った。

「そう、僕はいっとき、絶望したんです。もう無理だ、あきらめようってね。でもね。」

少し言葉を区切ってから、ケーは続けた。

「不思議なことに、また始めてしまうんです。アクセサリーを売るのを。不思議ですよね。もう売れないし、やっても意味のない、無駄なことだと頭ではわかっているのに、体は動いてしまう。不思議だなと思いましたね。そしてずっと続けるも、1つも売れずに10年の月日が経ちました」

「10年!?」

クウは驚いてしまった。10年も、何もリアクションがないのに、1つのことを続けられるものなのか。

ケーはニカっと笑って答えた。

「ええ、10年です。何も起きずに10年。僕が伝えたいのは、10年頑張ったら売れるようになるということではないんです。僕が伝えたいのは、結果は求めないということなんです

結果を求めない?それではいけないと、直感的にクウは思った。もしアクセサリーをケーは誰かに買って欲しいということであれば、それは相手のことをよく観察し、”買ってもらう”という行動を起こしてもらわないといけない。別に買ってくれなくて良いです、僕は自分の好きなものをただ作っているだけです、というスタンスだけでは、いつまで経っても食っていけるようにはならないと、クウは思った。

「でもお言葉ですが、ケーさん。もしアクセサリーを買って欲しいんだったら、ちゃんと営業するというか、買ってもらうように努力して、結果を残さないといけないんじゃないですか」

うんうんと、ケーはうなづいた。そして言葉を続けた。

「もちろん、クウ君のいう通りです。商売であれば、ちゃんとお客さんの動向やニーズを掴み、それを商品に転化させる必要があります。でも、僕は気付いたんですよね。アクセサリーを売る真の目的を。」

真の目的?真の目的とはなんだろう。クウが不思議がっていると、ケーは続けた。

「僕がアクセサリーを売る本当の理由。最初はアクセサリーを売って、それで食っていければ良いと思っていました。そうすれば自分は自分だけの商品を売って、どこにも縛られず自由になれるってね。それとは別の感情として、僕が良いと思ったアクセサリーを誰かに認めて欲しいという願望から、自分のアクセサリーを買ってもらいたいと思っているってね」

クウはハッとした。なるほど、目的が2つあり、それが混同していたということか。

クウは自分の身に置き換えてみた。クウは今、絵だけで食っていきたいと思っている。そうしたら自分の好きなことだけやっていれば、お金が入ってきて、それで暮らせるのなら、これ以上のハッピーはないと思っている。

その一方、自分が良いと思った商品、つまり絵を誰かに認めて欲しいという願望も確かにあった。

その絵、良いですね、素敵ですね、と言ってもらいたかった。

「これを承認欲求といいます。」

ケーは言った。

「僕は何もかもから離れて自由になりたいという願望と、商品というある意味自分の化身のようなものを、誰かに認めてもらいたいという承認欲求というものが、ぐちゃぐちゃになりながら、アクセサリーを作り、それを売っていたんだなと気付いたんです。アクセサリーを作るのは純粋な”好き”から派生したもの。そしてそれを売るのは誰かに認めてもらいたいから。そしてその後に、それでお金をもらって、自由になりたいという願望。このような順で自分の中の気持ちが動いていることを発見したんです」

さすが、ケーだ、とクウは思った。ケーは本当にあきらめずに自分と対峙し、自分の心の機微な変化を気付き、こうしてクウに向かって説明している。心という目に見えないものを言葉として認知できるものに変換できているケーの手腕に、クウは舌を巻いた。

「僕はここで、いつも接している、学校の生徒たちのことを思い出したんです。子どもたちは何かに夢中になる時、本当に集中しています。そして楽しそうです。自分の制作物が完成すると、僕や他の子どもたちに必ず自分の作品を見せます。どう、これすごいでしょと。僕がアクセサリーを売っていたのもこれと同じだったんです。自分を認めて欲しいという気持ち。これは集団生活を営む僕ら人類が、本能的に持っているものだと思います。」

「なるほどですね、だったらぼくの場合、どうすればいいんでしょう。絵を描くことは純粋に楽しいです。だからこれは続けたほうが良いと思っています。ただ、その後の工程がうまくいっていない。まず、誰にも見てもらえてない。この承認欲求が満たされていないことに、まず問題があるんでしょうか」

「そうですね、クウ君の場合は、第2段階で行き詰まっているように見えます」

そう言って、ケーは地面に図を書いてくれた。

「僕のさっきの生徒の例のように、まず人間は本能に基づき、何かを制作します。出来上がると、それを誰かにシェアしたくなります。そして、あわよくばそれで人の役に立ち、対価を得ようとします。これが人間の制作行為と、承認欲求の流れだと、僕は分析しています」

ケーは説明を続けた。

「クウ君の場合は、自分の好きなことはもう見つけて、どんどん創作行為を続けています。これは素晴らしいことだと僕は思います。しかし、その後の誰かからのフィードバックが欠けている。それにその次の工程の対価を得ることもできていない。このダブルパンチがモチベーションを下げている要因だと思います」

「どうすれば良いんでしょうか・・・」

クウはしょんぼりした顔で、ケーに尋ねた。

「まず、自分の制作物をもっと人に見せることです。気をつけなければいけないのが、それで対価を得ようとしないことです。対価を得るのは次にフェーズです。まずは承認欲求を満たすことから始めてください。

そのためには、あまり遠くの人には見せないことです。クウ君と関係が薄いと、あまり良いフィードバックは返ってきません。家族とか仲の良い友達か、そういったところから始めた方がいいでしょう。そのほうがクウ君をよく知っているので、良いフィードバックが返ってきます。まず、関係が薄い人からは、そもそもフィードバックすら返ってきませんからね」

その時、クウはハッとした。確かに、クウの絵はあまり身近な人に見せていなかった。それは恥ずかしいとかそう言った理由から来ているものだった。

「ケーさん、今日もありがとうございます。ぼくは一番先に見せるべき、家族に、ぼくの絵をあまり見せてこなかったかもしれません。そうではなくて、どこにいるかもわからない、誰かが、勝手にぼくの絵を見て素晴らしいと言ってくれる幻想を抱いていたのかもしれません。まずは今目に見える人たちにぼくの絵を見せて、第2段階から満たしていこうと思います」

クウは胸のつかえが取れたような気がした。

そしてケーは言った。

「ちなみに、僕は、クウ君の絵、好きですよ。うまいというか、美しいというのとはちょっと違って、なんていうのかなぁ。優しい感じがやっぱり絵から伝わってくるんです。それを見ると、心が落ち着くんです。もちろん絵画作品としてだったら、世の中に素晴らしいものはたくさんあるんでしょう。でも僕はクウ君のことを知っているし、それを知っている人間からすると、やっぱりクウ君の絵からは優しさを感じ、僕はそれが好きなんです」

クウはケーからのフィードバックに対し、感謝しながら受け取った。

クウが不安に感じていたのは、これからの未来がどうなるかという不安だった。しかしケーの分析によると、その不安は承認欲求が満たされていないことからも来ていることがわかった。

おそらく不安というのは分解してみると、さまざまな要素に分かれるのだろう。今回はたまたま承認欲求によるものだったが、次くる不安の正体はまた別なのかもしれない。その時はしっかり原因を分けて、調査しようと、クウは感じた。

それにしてもまずクウがやることは、身近な人に自分を見せること。それを続けていこうと思った。

クウは、自己開示のレベルが上がった!

以上

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