第7章 許しとはなにか
できない現状
「それで・・・、まだできないんですか?」
クウは、職場である「チョウリ」の、ある部屋にいた。
クウの目の前にはチェケラがいた。チェケラは、クウが勤めるチョウリで、お金周りの管理をしている人だった。
ちなみにチョウリでは皮製品を売っており、クウはそれを近くの村々に売る仕事をしていた。
クウは今月、100足の革のブーツを売る予定だった。もっと詳しく言うと、1年間で1200足のブーツを売る目標を立てられていたので、月で換算すると100足を売らなければならない。それで今月は100足のブーツを売ろうと頑張っていた。
しかし今月もあと1週間となったところで、まだ30足しか売れていない。その進捗の遅さに、管理をしているチェケラから呼び出しをくらったというわけだ。
「すみません、今月は思ったように売れなくて・・・。今までとは違った村に行ってみたりしているのですが、なかなか話を聞いてもらえなくて」
クウは神妙そうな顔で報告した。
「それは私には言い訳にしか聞こえませんね。進捗が悪かったのであれば、私や他の人に報告するなりして、リカバリーの手段を取れましたよね。それはなぜやらなかったのですか?」
「それは・・・確かにそうですが、なかなかそこまで頭が回らずに、、、すみません」
チェケラはさも小馬鹿にしたような顔でクウを見て、言った。
「あなた、何年この仕事をしているんですか。途中でまずいと思ったのなら、まず報告でしょう。新人じゃないんだから、そのくらいちゃんとやってくださいよ」
「申し訳ありません」
クウは言い返したい気持ちがあった。予定していた注文が急に入らなくなったり、天候が崩れてなかなか村に訪問できなかったりと、できなかった理由は多くあった。
しかしそれは今言っても全て言い訳になってしまうと思った。言い訳はしてはいけないことだ。自分の非を認めよう。そう思い、じっとクウは我慢をしていた。
「そもそも、あなたは年間1200足のブーツを売る予定ですが、今月だけでなく、この年間の数値も全然進捗率が良くないですね。このままでは年の終わりに、ひどい目に遭いますよ。どういう計画を今後立てているのか、教えてください。当然ありますよね?」
「それは・・・」
「ないんですか?」
「考えてはいますが、形になったものは特に・・・」
責められれば責められるほど、ひどく自分がみじめでダメな人間に思えてきた。自分はできない人間なのだ。人の役に立てない人間なのだ。そんな人間はいる価値はあるのか。マイナスの思考がぐるぐるとクウの頭の中を駆け巡った。
その時、ある男が声をかけた。
反抗しないと舐められる
「なにか打ち合わせですか?」
チェケラとクウに声をかけてきたのは、カナッサだった。カナッサはチョウリの中でも1、2位を争う皮製品を売ってくる人で、クウの10個くらい年上の人だった。
クウを目にかけてくれ、昔から色々と世話をしてくれた。
「いえ、別に・・・。なにかあなたに関係ありますかね」
鋭い声でチェケラは言い返した。
「いえね、だいぶ、お説教の具合が厳しいと思ったのでね」
ニカっと笑って、カナッサは言った。
「さっきから聞いてましたけど、色々クウに言ってましたが、そんな状態なのを放っておいた、あなたの責任もあるんじゃないですか?」
「それは・・・」
チェケラは言い淀んだ。そこにカナッサは言い放った。
「管理するのがあなたの仕事であれば、できていないのはクウの責任ではなく、あなたの責任でしょう。それを一方的にクウに叱責するのは見届けられませんね。叱るより前に、しかるべきことをするべきなんじゃないでしょうか。・・・しかるだけに・・・なんちゃって!」
そう言って、カナッサはガハハと笑った。こういう男気と、ジョークを交えたコミュニケーションができるのがカナッサの魅力だった。
「もう・・・なんだか怒る気が失せました・・・。クウさん、とりあえずリカバリーのスケジュールを明日までに提出してください。それでは」
そう言って、チェケラは去っていった。クウははぁとため息をついた。
「カナッサさん、すみません、助けていただいて」
「別にお前を助けたわけじゃねえよ。なんだか見てて胸糞悪かったから、割って入っただけだ。でもよう・・・」
そう言って、カナッサはクウを見て、言った。
「もっとお前、言い返せよ。あれじゃあいじめっ子といじめられっ子の構図だぜ。お前の仕事を見ているけど、お前はよくやってるよ。お前の担当している村は村人の気質が荒くて、売り辛え。俺だって、他のみんなだって、おんなじような結果になっていただろうよ。だから、もっと反抗していいんだよ」
「それはわかっているんですが、チェケラさんの言うことももっともな訳で・・・。それに言い訳をするのは苦手で」
「お前、そんなんじゃ、ずっと言われっぱなしの舐められっぱなしだぜ。まあでも、性格だから、もうそこはどうしようもねえよな」
そう言って、カナッサはポケットからタバコの箱を取り出した。
「ちょっとタバコ行こうぜ」
自分を責めてはいけない
チョウリの職場の裏手には少し敷地があり、そこでタバコを吸ってもいいことになっていた。
他にも数人のスモーカーがタバコを吸っている。クウは吸わなかったので、カナッサに付き合う形になった。
「そういえば、お前絵を描いているんだって?」
どこから聞いたのか、カナッサは、クウが自分の好きなことである絵を、描いていることを知っていた。
「そうです、よくご存知ですね。趣味の一環で」
「今度見せてくれよ、お前の描いた絵、興味あるわ。俺、けっこう絵とか建築とか好きなんだよ、こう見えて」
クウは照れながら答えた。
「ありがとうございます、では今度」
「で、お前どうすんだよ、これから先。絵で食っていくとか考えてんの?」
「いえ、なかなかそれは難しいとは思ってます。もちろんできたらいいですけど」
カナッサは一呼吸おいた。少し言おうか迷っている様子だった。
「正直言うけどよ、お前、この仕事向いてないよ。お前が悪いと言っているわけじゃない。魚を山に放置させているようなもんだ。お前の優しい性格では、この切った貼ったのセールスの世界じゃ、心を病んじまうって、前みたいによ」
そう、事実、クウは二度、心を病んでチョウリを休んでいた。それぞれ1ヶ月ほどの期間であったが、仕事に疲れ、動けなくなってしまっていた。クウはそれをチョウリのみんなに申し訳なく思っていた。
「お前の良さをもっと活かせる場が、他にあると思うんだけどなぁ」
カナッサは本当にクウのことを思って言ってくれていた。昔からクウのことを知っているからこそ、このまま続けてもクウが辛い目にあうだろうことを予見していた。
「でも、なんだか逃げのような気もしているんです」
「逃げ?」
「はい。自分が苦手な今の仕事から逃げている。もっと自分を直せば、人の役に立てる、そんな気がしているんです」
自分が悪いんだ、できない自分が悪いんだ。だから自分を直さなければいけない。クウにはまだ深いところで、呪縛の心が残っていた。
「お主は真面目すぎる」
そう声をかけてきたのは、少し離れたところでタバコを吸っていた老人であった。
老人と言っても、チョウリの従業員のはずなので、働いている人だ。だが、かなり年上のように見えた。
「そんな自分を責めてばかりでは、自分が可哀想じゃ。もっと自分を愛せねばならんよ」
そこにカナッサがぐいっと入ってきた。
「なんだ、爺さん。いちゃもんつけようってのか」
「フォフォフォ。お前さんは随分威勢がいいのぉ。さぞかしこの会社での成績もいいのじゃろう。さてそこの若いの。お前さんに一ついいことを話してやろう。」
「いいことですか・・・?」
うむ、とその老人はうなづいた。
「汝を愛せよ・・・じゃ」
「汝を愛せよ?」
「そうじゃ、自分を愛するのじゃ。自分を決して責めてはいかん。なにか相手から攻撃された時は守ってやらねばならん。」
「ですが、守ってばかりだと、自分を甘やかすことになるんじゃないでしょうか」
「それは愛とはまた別の話じゃ。愛とは自分を守ること、甘やかすこととは別じゃ」
「爺さん、その守るのと、甘やかすの違いがようわからねえ。たとえば俺には子供がいるが、子供のことを愛しているぜ。でも生意気聞いた時にはゲンコツをお見舞いするぜ。それがしつけだろう」
「お前さんも、まるでわかっておらんな。お主が与えているのは愛ではない。自分のいいように、子供に当てはめているだけじゃ。愛とはそんなものじゃない。愛とは認めることなのじゃ」
「認めること・・・ですか?」
「そうじゃよ。できていないことを認め、それを受け止めることができるようになったら、愛の第一歩じゃ。」
「おいおい、全然わからねえよ。相手の悪いことも受け入れようってのは、なんとなくわかるが、甘えはどこいっちまったんだ?」
カナッサのタバコはもうほとんど灰しか残っていない。それをお構いなしに、聞いていた。
「甘えはこちらの問題ではない。相手の問題じゃ」
「相手の問題?」
「そう、相手の問題。相手を受け入れるのが愛。とすれば受け入れてもらうのは相手の話じゃ。受け入れてもらえることにあぐらをかくことが、甘えじゃ」
なるほど、とクウは思った。つまりこの老人が言っていることは、甘えは相手方、愛は自分の話と、主語が違うと言っているのだ。
「つまり主語が違うということですか?」
「その通り。やはりお主は勘が鋭い。そこのガサツとは違ってな」
「あん?誰がガサツだって!?」
怒るカナッサをおき、老人は話を続けた。
「若いの、お前は非常に愛に溢れた人間じゃ。だが愛が大きな人間にはその愛が欲しいと色んなものがお主につけ込んでくるじゃろう。その道は非常に厳しく険しい。お主はその度何度も倒れるじゃろう」
クウは今まで仕事で二度休んでしまったことを思い出した。
「じゃがお主はその度に必ず立ち上がる。お主の愛の源泉は不死身じゃからだ。一度枯れてもまた蘇ってくる。お主のような人間がこの世には必要じゃ。自分で源泉に蓋をするような真似はせぬようにな」
その時、扉が開いて、かしこまった人が入ってきた。
「社長、そろそろお時間です」
社長!?もしかして、この老人は・・・・チョウリ社の社長なのか?
カナッサもクウも目を丸くして、固まってしまった。
「お主ら二人とも、個性は全く違うが、見どころがある。この会社はいい会社じゃ。チョウリという名は、具材を調理して、さらに良いものにしたいという思いをつけて名付けたものじゃ。お主らのような社員がいて、わしは嬉しいよ。頑張ってな」
そう言って、チョウリの社長はタバコの火を消し、去っていった。
その後にはポカンと口を開けて佇むクウとカナッサが立っていた。カナッサのタバコは全て灰になっていた。
「なんだよ・・・社長だったのか。めちゃめちゃひどいことをいっちまったぜ。クビにならねえかな」
「それは大丈夫ですよ・・・最後、なんかぼくたちに期待しているって言ってくれたし」
その事実とは別にクウの心の中では色々な思いが巡っていた。
クウはどうしても相手を思いやり、攻撃するなんて、決してできない性格であった。それはいいとか悪いとかそういう次元にあるのではなく、単にそういう性格なのだ。
別にそれはそれでいいんじゃないかと思えてきた。そしてなかなか皮製品が売れないのも仕方ない。まずは自分を許すことが第一歩なんじゃないかと思ってきた。
クウは、「自分を許す」のスキルを手に入れた!
以上

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