(130)シュウチャクと後悔
昔あるところの海に、1つのイソギンチャクがありました。
名前を「シュウチャク」と言いました。
シュウチャクはこんなイソギンチャクの姿ではなく、もっとスラっとしていて、他の魚のように華麗に泳ぎたいと思っていました。
自分はずっと海底にへばりついていて、揺れ動くのみです。自分の意思でなかなかよそへはおいそれと移動できません。
他の魚を見ていて、彼らみたいに泳いでどこか遠くに行きたいなぁと思って、日常を過ごしていました。
そこに海の神ポセイドンがやってきて、シュウチャクに言いました。
「お前はなにか物欲しそうな顔をしているな、なにに悩んでいるか言ってみなさい」
「はい、神様。私はあの魚たちのように、泳いで遠くに行ってみたいのです」
「そうか、それではお前を魚のように泳げるようにしてやろう」
そういうと、神様はシュウチャクに魔法をかけ、足が発達し、足をうまく使って移動できるようになりました。
「神様、ありがとうございます。これで夢が叶いました。これでいろ色々なところに出かけてみようと思います」
「しかしこの魔法はもう解けない。この姿のまま一生だ。今だったら特別に戻してあげてもいい」
「そんなこと、必要ないですよ。やっと夢が叶ったんだ。もうこの姿のまま一生生きていきます」
そういってシュウチャクは旅に出ました。
最初は移り行く海の姿に興奮し、ウキウキと歩いていきました。
しかし歩くということはそれだけの体力を消耗します。いつもより格段に早くお腹がすき、餌をとる回数が増えてしまいました。
それに岩場の影にずっと隠れている昔とは違い、天敵にも襲われやすくなりました。
この間も危うく天敵のヒトデやウミウシに食べられるところでした。
新しい姿で過ごしていくうちに、だんだんと億劫になってきました。最初の頃は素敵に見えていた景色も、飽きていきました。それよりも餌を取りに行く回数が増えたことや、天敵に狙われる回数が増えたデメリットの方が大きな問題のように感じてきました。シュウチャクはやっぱり昔のように安全な岩場の陰で、じっとしている生活を夢見るようになりました。
そこで恥を忍んで、もう一度神様の神殿にいき、元に戻してもらうようにお願いをすることにしました。
「神様、申し訳ありません。元の姿に戻してもらえないでしょうか。新しい生活は私の思ったものと違く、非常に厳しいものでした。私には耐えられそうにありません。どうか元の姿に戻してください」
神様は訝しげな顔をしてシュウチャクに尋ねました。
「わしはお前に言ったはずだ。もう元には戻れないと。それに最後の最後に元に戻れるチャンスを与えたのにお前は無視した。」
「本当にあの時は無礼な真似をして、申し訳ありません。もう2度とあんな無礼なことはしません。ですからどうか、どうか、元の姿に戻してください」
「そこまでいうなら最後のチャンスを与えよう。元の姿に戻してやろう。何事も経験してみないとわからないこともある。それにお前は十分反省したようじゃ」
そう言って神様は再び魔法をかけ、じっとしているのに最適な姿にシュウチャクの姿を戻してあげました。
「ありがとうございます。神様。もう私はわがままを言わず、自分の姿に満足するようにします」
それからシュウチャクは昔のように、岩場の影に隠れて、ずっとじっとしている生活に戻りました。
時折足が発達し、海中のさまざまなところに出かけたことを思い出します。それは良い思い出です。自分のやりたいことが叶ったのですから。
しかしもう旅に出ようとは今は思いません。こちらの生活の方がシュウチャクには合っていると思いました。執着する心は災いをもたらすことがあります。しかしそれがあるからこそ行動することができます。シュウチャクは自分の行動に反省はしつつも、後悔はしていないのでした。
以上。
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