2.10章(第二部最終章) 理解されないクラウス

この物語は、ある小さな村にある、ダンケ学校での、教師ケイと、生徒10人によるやり取りを記録したものである。

登場人物紹介

ケイ・・・ダンケ学校の教師。さまざまな経験から子どもたちに平等に、多種多様な事柄を教える。

ミド・・・ダンケ学校の生徒。賢く機転が効く。人のパーソナルスペースに土足で踏み込まない。

シバ・・・クラスの清掃委員。きれい好き。少し自分の意見を押し付けがち。

スイスイ・・・自分より他人を思いやる優しい子。最近、少し自分の意見を言えるようになった。

ガイマ・・・全てを他責にする。だが悪いやつではない。

トゥアーリ・・・クラスのムードメーカー。ちょっとずさんな性格。だがハレに好かれるため、マメな男になれるよう奮闘中。

ハレ・・・クールビューティ。歌手になる夢を持っている。

キベル・・・勉強していい会社に入ることを目標としていたが、自分の好きなことをやろうと心を入れ替えた。

ロゼッタ・・・人とあまり積極的にコミュニケーションを取ろうとしない。

パディン・・・人に負けるのがとにかく嫌い。負けることを恐れている。

哲学的なクラウス

クラウスは子どもの頃から、少し思考が変わっている少年だった。この星はなぜ生まれたんだろう、とか、どうして自分は生きているのか、この星の外はどうなっているんだろう、と、いわゆる哲学的なことが好きな少年だった。

それを大人に聞いたところで、大体、「そんなのわからないよ」とか、「そんな意味のないことは置いておいて、勉強しなさい」とか、そういったことを言われることがオチであった。

そのため、段々と、自分の考えは外に出さないようになっていった。どうぜ話をしても伝わらないのであれば、そもそも言う必要もないという省エネ的な考え方になっていってしまった。

それでもクラウスの中では、哲学の宇宙が頭の中に広がっていった。どうしてみんな、苦しい顔をして働いているんだろう。そもそも好きとか得意ってどう言うことなんだろう。

おそらく答えがないことに対し、クラウスは自問自答を続けているのであった。

クラウスとケイ

そんなクラウスだったが、教師のケイはまともにその問答に答えてくれるから、クラウスとしては嬉しかった。

ある日のことであった。クラウスはある問いをケイに投げかける。

「ケイ先生。僕は不思議でしょうがないんだけど、人間はどうして生きているんだろう。そもそも人間ってなんなんだろう」

大人にそんな質問を浴びせかけたら、「この子は面倒なことを聞くな」と思われ、しかめっつらをされたであろう。

しかしケイの場合は違う。少し驚いた顔をして、クラウスに答えた。

「クラウスは、どう思うんだい?」

クラウスは少し考えてから答えた。

「うーん、別に理由なんて、ないと思うんだよね。たまたま生き物というのがこの星に誕生しただけで。それが進化して人間にまで行き着いたんだろうけど、そもそも生きることに意味なんてないと思うんだよね」

「なるほど、確かにそうかもしれないね」

と、こんな調子だ。あくまでケイは問いに対し答えるのではなく、その問いを相手に返すことで、相手の考えていることを吐き出させるのが上手であった。

それにその日はこういった悩み事の相談までしていた。

「先生、こういった会話、先生にだったらできるけど、なかなかクラスの人に言っても、何言ってんだ、みたいな顔をされて、あんまり会話にならないんだよね。どうすればいいと思う?」

そんな問いに対しても、いつものやり方でケイは答えた。

「クラウスとしては、そういった問いについて喋れる友達が欲しいってことなのかな」

「そう、そうなんだと思う。こう言ったいわゆる哲学的な内容に対して、取り合ってくれる仲間みたいなものが欲しいんだと思う」

そうか、と言ってケイは少し考えてからこう答えた。

「これは予感でしかないけど、そう言った友達はきっと巡り会えると思うよ。でもそれには一つ条件がある」

「条件?」

身を乗り出すクラウスに対し、ケイは話し始めた。

発信し続けるということ

「それは、クラウスがそういった哲学的な問いが好きだってことを、発信し続けることだね」

「発信し続ける・・・」

ちょうどその日は教室に二人だけ残って話をしていたのだが、ケイは立ち上がって、黒板に「発信」と書いた。

「そう、クラウスはこういうことに興味があるんだ、ということを外に知らせることだ。
 人間は、エスパーではない。どうしても言葉に出さないと、伝わらないことが多い。他人だったら尚更だね。
 だから、クラウスは言葉が喋れたり、字が書けたりするのだから、そういった手段を用いて、”自分はこういうことに興味があります”ということをアピールする必要があると思うんだよね」

なるほど、と思って、クラウスは聞いていた。そしてケイはこう続けた。

「これは神話の一つなんだけど、昔、時をさかのぼれる装置を古代人は作ったらしいんだ。そしてそれを自分の家に隠し、ある限られたメンバーだけで使って、過去にさかのぼって遊んだりしていた。
 そんな素晴らしい世紀の大発明だが、もちろん隠し通していたので、誰にも見つからなかった。
 だけど、そのメンバーの一人がその秘密をつい外部の人間に喋ってしまった。
 そうなったらもう大変。時をさかのぼれる装置欲しさに、それを隠していた家に多くの人が詰めかけてしまい、結局その装置は奪われてしまった。
 ここから学べることはなんだと思う?」

聞かれたクラウスはこう答えた。

「秘密は守らなきゃいけないってことですか」

「そう。逆にいうと、秘密は誰にも言わなければ誰もわからない。口に出さないとわからないってことさ。
 この場合は秘密を漏らしてしまったけど、論理上、誰も話さなければ秘密は守れたはずだ。
 口に出して話してしまえば伝わるとも言えるし、口に出さないと伝わらないってことさ」

またクラウスは考えてから話した。

「つまり、思ったことで、伝えたいことがあったら、口に出して伝えようってことですよね」

うなづき、ケイは言った。

「そうなるね。以心伝心なんていう諺があるけど、口に出して伝える方が確実ではあるね。あとは・・・」

そう言って、ケイは黒板に「続ける」という字を書いた。

「続けることが、非常に重要だね。クラウスが哲学的なことが好きってことを一週間しか言わなかったら、それ以降に出会った人は、クラウスが哲学好きだってことを知らずに終わってしまう。だから、言い続けるってことが非常に重要なんだ」

それを聞いて、こうクラウスは反論した。

「でも先生。言い続けるのって難しくないですか。ずっと哲学好き、哲学好きなんて言っていたら、それこそ、みんなから嫌われてしまいます」

その悩みに対し、ケイは回答した。

「別に四六時中、好きだ好きだと言えと言っているわけではないんだ。発信は口で言うだけが全てではない。たとえば哲学のことをまとめた本を書いてもいい。そう言った自分の好きなことをアウトプットし続けることが大事なんだ」

「なるほど、先生の言いたいことがわかってきた気がします。要するに、自分が好きだったら人からなんと言われようと、その行為を続けろってことですかね」

鋭くまとめてきた生徒に対し、教師ケイは満足げな顔をして答えた。

「そうだよ、クラウス。今は仲間がいなくて寂しいと思う。でもこの世の中は広い。きっと君と同じような人がいる。その人に出会えるまで、君の”好き”はやめないであげて欲しい。その君が送った信号は続けていれば誰かが拾ってくれる。長い時間がかかり、時には絶望する時もあるかもしれない。
 だから誰かと繋がりたいと思っても、それは相手次第のことだから、叶うかどうかは難しい。だったら自分が好きでしょうがないことを、自分のために続ける方が、精神衛生上いいと思うね」

「そう思いました。繋がりたいと思うのは人間の本能かもしれませんが、どうしても他人頼りなので、ゴールが見えない気がします。であれば、自分の興味がある分野を、自分のために続けて、もしそれに関心を持ってくれる人がいればラッキーくらいの気持ちでやった方がいい気がします」

クラウスはケイに相談する前より、かなり気持ちが回復したようで、元気になって下校して行った。

それぞれの悩み

クラウスが帰ったあと、ケイは職員室に戻り、自分が受け持っている十人の生徒のことを振り返っていた。

みんなそれぞれ子どもながらに悩みを持っている。

自分の正義が通らず悩む子。

自分を責めがちな子。

責任を取りたがらない子。

頑張って自分を変えようとする子。

夢をあきらめず、もがいている子。

完璧主義な子。

自分の好きがわからなくなってしまっている子。

うまくコミュニケーションができない子。

負けず嫌いな子。

周りから理解されず苦しむ子。

みんな悩み、そして戦っている。

ケイは自分を振り返り、この子たちになにかできているかを問答してみた。

アドバイスや相談はしているつもりだが、同級生のみんながそれぞれお互いの相談に乗っていることが見ていておもしろかった。

全く性格の違う二人が揃うと、案外お互いの悩みを話し、解決しているのが興味深かった。同じような性格が集まるより、少し口論になってしまうが、タイプの違うもの同士が集まった方が、化学反応が生まれるのかもしれない。

十人のみんなはこれからも色々な悩みを抱えつつ、自分の人生の中で戦っていくのだろう。

ケイはそれの手伝いをするとともに、それらに寄り添うことで、生徒たちの人生を応援していくつもりであった。

第二部 完。

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