2.6章 満点以外受け入れられない、キベル
この物語は、ある小さな村にある、ダンケ学校での、教師ケイと、生徒10人によるやり取りを記録したものである。
登場人物紹介
ケイ・・・ダンケ学校の教師。さまざまな経験から子どもたちに平等に、多種多様な事柄を教える。
ミド・・・ダンケ学校の生徒。賢く機転が効く。人のパーソナルスペースに土足で踏み込まない。
シバ・・・クラスの清掃委員。きれい好き。少し自分の意見を押し付けがち。
スイスイ・・・自分より他人を思いやる優しい子。最近、少し自分の意見を言えるようになった。
ガイマ・・・全てを他責にする。だが悪いやつではない。
トゥアーリ・・・クラスのムードメーカー。ちょっとずさんな性格。だがハレに好かれるため、マメな男になれるよう奮闘中。
ハレ・・・クールビューティ。歌手になる夢を持っている。
ガリ勉、キベル
キベルはただひたすらに勉強をする子どもであった。ダンケ学校以外にも家庭教師をつけて、難易度の高い問題を解き続けていた。
朝起きて自学自習。そして学校に行って、家に帰ってきて家庭教師と勉強。家庭教師が帰ると夕ご飯を食べて、また勉強してから寝るという生活を送っていた。
なぜこんなに勉強をするかというと、ダンケ学校を卒業したら、都会のコンコルド街にある、有名な進学校に入学するためであった。
ではなぜその進学校に進むかというと、さらにもっとお兄さん向けの進学校に進むためであった。そしてなぜその進学校に進むかというと、大きな会社に入って、将来安泰になるためであった。
そう信じてキベルはひたすら勉強した。好きなこともかなり抑制し、勉強に打ち込んだ。
ダンケ学校でのクラスのみんなが実はうらやましかったが、そんなことはおくびにも出さなかった。いつしかキベルはクラスのみんなを軽蔑するようになって行ってしまった。
こんなに遊んでいて、将来どうするつもりなのだろう。気楽な連中だ。こんな簡単な問題も解けないで、呑気にしている連中と昼間一緒だなんて、気が狂いそうだ。早く帰って勉強しなければ。僕はエリートなんだ。こんな連中とは違うと。
唯一、体力をつけるために、学校の近くの小川でやっていた水泳教室も、勉強に専念するため、辞める時期が近づいてきていた。
今日はその水泳教室の最後のレッスン日であった。
リーフ先生と、小川のそばで
「今日で最後なのね、キベル君」
そうキベルに声をかけたのは、ずっと水泳を教えてくれたリーフ先生であった。
一通り水泳の練習が終わって、小川のそばで二人は休んでいた。
「リーフ先生、ありがとうございました。いろんな泳ぎ方で泳げるようになって、そんなに速くは泳げなかったけど、自分の財産になったと思います」
「財産だなんて、仰々しいわね。まあ、よかったと思ってくれているのなら、よかったわ」
そう言って、リーフ先生は笑って、小川につけた足をパシャパシャと動かした。
「それでキベル君は、これから勉強漬けってわけ?」
質問してきたリーフ先生に、キベルは答えた。
「そうですね、、、計算の問題は得意なんですが、文章を読解するのがあまり上手くなくて。これからはもっと読書量を増やして国語の力を伸ばそうかと。それにはもっと時間が必要なんです」
キベルについてくれている家庭教師が言うには、キベルは国語の能力が特に悪いらしい。これではコンコルド街にある進学校にはまだまだ入れないレベルらしい。
勉強したとしても、進学校に入らなければ意味がないのだ。そのためにはもっとテストの点数を上げなければいけない。満点以外あり得ないのだ。90点ではだめ、80点なんて論外だ。100ではないといけない。100点以外受け入れられないし、99点でもだめ。100点を取らないといけないのだ。
「なんか、大変ねえ。私が子どもの頃なんて、本は楽しいものだったけどなあ。」
「僕は先生とは違います。僕はコンコルドにある進学校に入学しなければならなんです。もっとテストでいい点を取らなければならないんです」
ちょっと棘がありつつも、キベルはそうリーフ先生に伝えた。
「そうよね、、、キベル君の人生だもんね。キベル君、もし良かったら、また水泳教室に戻ってきてくれてもいいからね。」
そんなことは絶対ないな、と思いつつも、キベルは言った。
「はい、ありがとうございます。もし機会があったら、またきます」
デジタルな勝負
家に帰ると、すでに家庭教師のヤヅ先生が来ていた。
「すみません、ヤヅ先生、お待たせして」
少しムッとしながらも、ヤヅ先生は無言でうなづいた。
そしていつもの二人の勉強タイムが始まった。
ヤヅ先生は普段は静かだが、キベルが勉強ができないと次第に不機嫌になっていき、怒鳴ってくることもしばしばあった。
今日も例の国語の問題ができず、苦戦していると、案の定ヤヅ先生は唾を飛ばしながら怒鳴ってきた。
「キベル君、こんな問題が解けないで、コンコルドの学校に行けると思っているんですか?これは過去に何度も解いたでしょう。なぜわからないかな。」
すみません、と謝るキベルにヤヅ先生は重ねて言った。
「100点以外はあり得ません。99点取っても、100点の子がいれば、あなたは落ちて、その子が受かります。そういう厳しい世界なんです。1点でも高く積み上げてください。それが合格の近道です」
わかりました、とキベルは言った。その日の晩御飯はあまり喉を通らなかった。
それから1ヶ月くらいが経った。勉強漬けになったキベルは次第に顔色が悪くなり、体重も減って行ってしまった。
そんな様子を見かねたキベルの親は、ダンケ学校での担任の教師のケイに相談を持ちかけた。
ケイはキベルと少し話をしてみることにした。
やらなきゃいけないと、やりたいこと
ケイとキベルがきたのは、キベルが少し前まで水泳教室に通っていた小川であった。
今日はレッスン日ではないので、リーフ先生もいなく、誰もいなかった。
「どうだい、勉強は楽しいかい」
そんなことあるはずないだろ、何を聞いてくるんだ。素っ頓狂な質問に驚きつつも、キベルは答えた。
「先生、勉強が楽しいはずないじゃないですか。拷問ですよ、拷問。でも、僕はやらなくてはいけないんです」
「それはなんのためなんだい?」
「ケイ先生には言いませんでしたっけ?僕はダンケ学校を卒業したら、コンコルドの進学校に進みたいと思っているんです。だから勉強をして頭を賢くしなければならないんです」
「それはいい学校に入って、いい会社に入って、安泰な生活を送るためかい?」
ぎょっとして、キベルはケイを凝視した。まさに次自分が言おうとしたことを先にケイに言われてしまった。
「そうです、僕は未来のために今、頑張っているんです。クラスのみんなとは違う。」
そういうと、キベルは少し黙った。二人の間に静寂が流れる。
小川を見ていると、水泳教室での日々がキベルの頭に蘇ってきた。
最初は全然泳げなかったが、息継ぎなしで随分な距離を泳げるようになったり、苦手な背泳ぎでこれもまた結構な距離を泳げるようになったり。自分は不出来な生徒だったと思うが、「できる」喜びを感じることができていたと思う。
「実はね、今日はスペシャルゲストに来てもらっているんだ」
そう、ケイがいうと、なんと後ろから、リーフ先生が笑顔でやってきた。
びっくりしてキベルは言った。
「なんでリーフ先生がここに?」
ニコニコしながらリーフ先生が言った。
「実は先日、こちらのケイ先生からお話しがあってね。ちょっとキベル君が元気がなさそうだから励ましてほしいと相談を受けたのよ」
「元気がないだなんて、僕は平気ですよ」
「でもだいぶ痩せたみたい。ご飯は食べているの?」
「大丈夫ですって、子どもじゃないんだから」
「あなたはまだ子どもよ」
子どもじゃないですって、とそんな問答が続いた。
「僕はね、キベル」
ケイがキベルに話しかけた。
「勉強をするなとは言わないし、君が信じた道を進めばいいと思う。ただ客観的に見て、君の体はどうやら拒否反応を示しているらしい。テストでいい点数を取らなければならないという呪縛によって、君の体は拒否反応を示しているんだ。」
「だったらなんですか。どうすればいいと言うんですか。
勉強をしないといい学校に入れないのは真実でしょう?
いい学校に入れないと、いい会社に入れないのも、真実でしょう?
いい会社に入れないと、食いっぱぐれるのも真実でしょう?
だったら、今、歯を食いしばって、勉強するしかないじゃないですか」
自分の言っていることに、微塵の疑いはなかった。しかしその中に虚しさが潜んでいることに、キベルは気づいていた。
「そう、その通り。僕も子どもの頃はそう信じていた」
「えっ」
ケイの告白に、キベルは驚いた。
「僕も子どもの頃、今のキベルみたいに勉強していい学校に入って、いい会社に入れば将来安泰だと思って、同じことをしていたんだ」
「そうなんですか・・・」
実はケイも、今のキベルのような気持ちで少年時代を送っていたことに、キベルは驚いた。
「でもね、キベル。実は少し結果が違ったんだ。これは先にその道を歩いた僕からのアドバイスだ。
実は、いい学校、いい会社に入っても、将来安泰ではない。というよりも、僕は教師をする前、いい会社に入ったんだが、みんなが優秀すぎてついていけなくてね。いい会社に入ったら、次はいい社員になるのが次のステップなんだが、僕はそこで落第したのさ。だから伝えたい1つ目のポイントは、いい学校、いい会社に入っても、次はいい社員になるっていうステップがあって、この競争はいつまでも続くということなんだ」
キベルはその話を聞いて、うんざりした。まだこのレースは続くのか。
「1つ目ってことは、あと何個かポイントがあるんですか」
リーフ先生もケイの話が気になるようで、質問してきた。
にっこりと笑って、ケイは答えた。
「ええ。と言っても、あと1つですがね。2つ目のポイント、最後のポイントともなるんだが、それは、”やらなければいけない”では続かない、ということなんだ」
「やらなければいけないだと、続かない・・・」
キベルはケイの言ったことを反芻した。
「そう、逆に言うと、やりたいことでないと続かないとも言える。
僕は優秀な社員になれなくて一度挫折した。一応そこからも社員として働いていたんだが、流石に何年もやっていると、幾らかは仕事ができるようになってくる。
そうなると、途端に生活に張り合いがなくなってしまったんだ。上を目指そうという気持ちもない。一応仕事はできる。ただこれをあと何十年もやるのか。そう思うと、途端にやる気がなくなってしまったんだよ」
「そんな、じゃあどうすればいいんですか」
半ば泣きそうになっているキベルに、ケイは言った。
「僕はその時自分の好きなことを見つけたんだ。僕はアクセサリーを作ることが好きなんだけど、それを社員生活の時に見つけたんだ。
好きなことはいい。生活に張り合いが出るんだ。好きなことがあるから、生きていこうという気持ちが湧いてくる。」
「私も今、水泳の教師としてやっているけど・・・」
リーフ先生も、キベルに話しかけた。
「やっぱり子どもの頃から泳ぐことが好きで、それを仕事にしたって感じなの。
やっぱり好きなことだと、どんなに嫌なことでもこれをしたいからって言うので、結構突破できちゃったりするのよね」
うんうんとうなづきながら、ケイも言った。
「リーフ先生はすばらしいですよ。ご自分の好きなことを職業にされていて、それで生活をされている。僕も、好きなことを自分の中心に置くことは非常に大事だと思うんです」
キベルは、ケイとリーフ先生の話を聞きながら、自分の頭で考えていた。
結局僕は将来のためと言って、勉強をすることを選んだ。でもそれもずっとレースのようなものは続いていき、どうやらケイのように途中で息切れする大人もいるらしい。
であれば、リーフ先生のように、自分の好きなことを中心として、仕事を選んだ方が、長続きできそうだ。
「ってことは、なんかしなきゃいけないっていうより、何がしたいかっていうことなんですかね」
そう言ったキベルに、大人二人は笑顔で言った。
「そう。その通りだよ、キベル。」
「うん、私もそれがいいと思う。勉強も大事だとは思うけど、それだけじゃないと思う。キベル君が少しでも楽しいと思えるものをやった方がいいと思う。だって、キベル君の人生だもの」
そう言われて、キベルは少し恥ずかしそうにして、言った。
「リーフ先生、、、水泳教室、戻ってもいいですか?僕が今好きなことは何って聞かれたら、やっぱり水泳がいま頭の中に浮かんできて・・・」
そう言ったキベルに対し、リーフ先生は満面の笑みで、キベルの手を取って言った。
「もちろん!!」
すでに道が出来上がっているところを登っていくのもいいだろう。しかし見えている反面、多くの人がその道を登っていく。
道の幅は決まっている。その道に多くの人が集まればどうなるかはおおよそ察しがつくだろう。
その道を行くのか、道はあまり出来上がってないかもしれないが、一歩一歩自分の意思でその霧の中を歩いていくのがいいのか、それは誰にもわからないが、自分の意思で踏み出す一歩は、生き生きとしているだろう。
以上

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