2.9章 負けるのが嫌いなパディン

この物語は、ある小さな村にある、ダンケ学校での、教師ケイと、生徒10人によるやり取りを記録したものである。

登場人物紹介

ケイ・・・ダンケ学校の教師。さまざまな経験から子どもたちに平等に、多種多様な事柄を教える。

ミド・・・ダンケ学校の生徒。賢く機転が効く。人のパーソナルスペースに土足で踏み込まない。

シバ・・・クラスの清掃委員。きれい好き。少し自分の意見を押し付けがち。

スイスイ・・・自分より他人を思いやる優しい子。最近、少し自分の意見を言えるようになった。

ガイマ・・・全てを他責にする。だが悪いやつではない。

トゥアーリ・・・クラスのムードメーカー。ちょっとずさんな性格。だがハレに好かれるため、マメな男になれるよう奮闘中。

ハレ・・・クールビューティ。歌手になる夢を持っている。

キベル・・・勉強していい会社に入ることを目標としていたが、自分の好きなことをやろうと心を入れ替えた。

ロゼッタ・・・人とあまり積極的にコミュニケーションを取ろうとしない。

負けず嫌いなパディン

パディンは、とにかく負けるのが嫌いだった。

クラスの中で誰よりもスポーツができないと悔しがったし、勉強も一番でないと気に入らなかった。

どうやらパディンの言動を見ていると、勝つというより、負けるのを徹底的に拒否しているような感じがしていた。

最近だと、給食を食べるのが一番早くないと気が済まなくて、大急ぎで給食を食べた結果、気持ち悪くなり、ダンケ学校の医務室で休まなければならなくなったほどだ。

気になった教師ケイは、パディンと放課後に少し話してみることにした。

負けるのが怖い

「パディン、君は学校に入ってからずっとそうだけど、どうしてそんなに負けることを嫌うんだい?」

ケイは単刀直入に、パディンに聞いてみた。パディンの答えはこうであった。

「だって、勝負事には勝たないと。そういうふうに言われて、おれは育ったよ。

 負けるのはだめ。勝たないと自分には価値がないと思っている」

「それはちょっと言い過ぎじゃないかな。別に失敗したっていいじゃないか。というより毎回勝てる人なんて稀だよ」

「そうは言っても、負けるのは嫌なものは嫌なんだ」

こういった形で話は埒が明かず、その日の話し合いは終わった。

天才クラウス

ケイとの話し合いが終わって、家に帰ろうとしていた時のことだ。

パディンは、同級生のクラウスと出会った。

クラウスはいつも冷静で、とても同じ年には見えなかった。大人のような雰囲気を持った、クールな男であった。

いつもパディンは一番になろうと思うのだが、どうしてもクラウスには敵わなかった。

勉強でもスポーツでもクラウスが一番成績が良かった。それも何か努力をしているような感じではなく、いつも余裕を持っている。そんな涼しげな顔のクラウスが、パディンにとっては気に食わなかった。

「やあ、パディン。お帰りかい」

「ああ・・・」

家の帰る方面が同じなので、自然と並んで歩く形になった。

パディンは思い切って聞いてみた。

「なあ、クラウス。なんでお前はそんなに余裕があるし、頭もいいんだ。それにスポーツもできる。欠点がねえじゃなねえか」

不躾なパディンの言葉にも、クラウスは全く意に介さず、少し笑みを浮かべたまま、答えた。

「別にそんな大したことないよ。というか僕は君に興味があるんだ」

思ってもみなかった言葉に、パディンは動揺した。

「な、なんだよ、興味があるって。おれは悪いけど、男には興味はねえぞ」

「ははは、そういった意味ではないよ。君のその負けず嫌いな性格さ」

「おれの性格?」

「そう、僕から見て、君はとても負けず嫌いに見える。ちょっと異常なほどにね。それはなぜそういう性格なのか。元々なのか、それともいつかからなのか」

そう言われて、自分がなぜこんなに負けるのが嫌いになったか考えてみた。

そしてある出来事を思い出したのだった。

リレーのアンカーとしての責任

パディンは走るのがとにかく速かった。まだダンケ学校に入る前の話だ。ダンケ学校の前に、エコノー幼稚園というところにパディンは通っていた。

そしてエコノー幼稚園で、運動会があった。足が速かったパディンはリレーのアンカーになった。

パディンの元にバトンが回ってきたとき、相手チームよりだいぶリードがあった。パディンはバトンを受け取ると、すごい勢いで走った。しかしコーナーを回ろうとした時足がもつれて転んでしまった。すごい勢いで走っていたので、転んだ時の衝撃もひどく、すぐには立ち上がれなかった。そうしている間に相手チームに抜かされてしまい、かなりのリードがあったにも関わらず、パディンのチームは負けてしまった。

その時のことが、クラウスの言葉によって、フラッシュバックのように蘇ってきた。

自分のリレーのアンカーとしての役割を果たせなかった不甲斐なさ、そして責任を果たせなかった自分に対しての怒り、恥ずかしさ、いろいろな感情が湧き出たのを、子どもながらに覚えていた。

だが、そのことはパディンはクラウスに話さず、黙っていた。

クラウスは口を開いた。

「責任と役割。」

ドキッとして、パディンはクラウスの方を見た。クラウスは歩きながら、目線はまっすぐを見たままであった。

「人はその役割を果たせない時、果たせなかった自分を責める。パディン君にもそんな過去があったのかな。そしてまたそうならないよう、役割を果たせない、つまり負けることをひどく避けるようになったのかな」

イラついた口調で、パディンは反論した。

「なんだよ、役割とか。それがおれの性格と、どう関係してくるんだよ」

また笑みを浮かべて、クラウスは言った。

「ごめんごめん、なんか責めるような口調になっちゃったね。人は負けるのを恐れる時、過去の失敗した記憶から、もうそれを経験しないために、回避する行動を取ると思うんだ。もしかしたら、それがパディン君の性格を形成する一要素になったのかなって思ってね」

頭が混乱して、パディンは言った。

「なんだよ、ケイセイとかヨウソとかって。お前の話は難しくて、よくわからん」

「そうだよね、ごめんごめん。でもあんまり思い詰めない方がいいよ。別に負けたって大したことないよ。そもそも負けるってどういう意味なんだろうね。そこから考えた方がいいのかもしれないね」

それじゃ、と言って、分かれ道を右の方に歩いて、クラウスは帰って行った。

負けとはなにか

家に帰ってから、パディンはクラウスの言葉を思い出していた。

”そもそも負けるってどういう意味なんだろうね”

負けるとは何か勝負をして相手に負けるという意味だとパディンは認識していた。だから集団で一位にならないといけないと思っている。

でもそれはとても過酷であることに、パディンは気づいていた。この間の給食の早食いも、そんなに食べるのが早いわけではないのに無理して、体調を崩していた。人には向き不向きがあることを、なんとなく理解していた。

その中でオールジャンルで一位になるなんて、無理だと思っている。クラウスのような天才のような人もいるが、クラウスとは違うとパディンは気づいていた。

それよりも、自分が得意な走りなどのスポーツで一位になった方が、はるかに達成しやすい。

それでも、走りで一位を取り続けるのは難しいだろう。これからもっと成長して大きな学校に行くことになれば、ライバルはもっと増えるだろう。そんな中ナンバーワンの座に君臨し続けることの、その過酷さはもっと厳しいものになるだろうと予想がついた。

そもそも一位にずっと君臨する必要があるのか。そんな反論が、パディンの中では発起し始めていた。

つまり、”負けなければいいのではないか”。

例えば勉強の話になるが、テストで毎回100点を取るのは至難の技だ。しかし赤点を取らず平均点くらいを取るのは、それほど難しいことではない。

赤点を毎回取って勉強に追いつけなくなるのはまずい気がする。この状態を「負け」と仮定すると、そうならないようにするのは、さほど困難ではなく、努力の範囲で達成できる気がしてきた。

毎回100点を取るのは難しいが、毎回赤点は取らないようにするのは結構簡単だと思えてきた。

そして自分の得意な走りの分野で、楽しく成績を伸ばせばいい。それが例えナンバーワンではなく、上位10%には入るだろう。それであれば御の字ではないか。

パディンは負けない戦いをする分野と、勝ちに行く分野の違いを、子どもながらに少し理解したのだった。

以上

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