3.5章 荷運びの馬

ここはタール村にある、唯一の図書館。建物には良い光が入り、周りは自然に囲まれている。

その図書館には、優しそうな館長と、肝っ玉母ちゃんのような司書のゴシカがいつもいる。近くの学校からは物静かなスイスイという女の子がよく来ていた。

今日はそんな図書館にある、一冊の本を読んでみよう。

「荷運びの馬」

あるところに一頭の馬がいた。

その馬は毎日毎日、重い荷物を持って、人のためにその荷物を運ぶ仕事をさせられていた。

ある時、その馬の主人は思った。この馬はだいぶ歩くのが遅い。もっと速く歩いてくれたら、仕事であるこの荷物運びを終わらせられるのに。どうにかもっと速く馬を歩かせることはできないかと。

主人は馬を速く歩かせる方法を二つ思いついた。

一つ目は重い荷物を少し減らしてあげる方法だ。確かに荷物を減らせば軽くなった分、身軽に馬は歩いてくれた。

しかし運べる量が減ってしまうので、そもそもの仕事量が減ってしまう。この方法は採用できないなと、主人は感じた。

もう一つが鞭を打って、速く走らせる方法だ。その痛みを感じたくない馬は必死で歩き続けた。

しかし馬の疲労度が爆発的に高まってしまい、怪我もしてしまった。この方法も取れないなと主人は悩んでしまった。

そんな時、ある農家がその様子を見て、何かを持って歩み寄ってきた。農家の手にあるのは一つのニンジンであった。そして農家は馬に声をかけた。

「おい、馬ちゃんよ。頑張って歩いたらこのニンジンをやろう。どうだ、頑張れるか?」

馬は目を輝かせ、うなづいた。そして張り切って歩き出した。その歩みは自信に溢れ、歩速もいつもより速かった。

そして重い荷物であったが、いつもより速く目的地につけ、農家は約束通り馬にニンジンを差し出した。

馬は喜んでそのニンジンを食べ、その顔は笑顔そのものであった。

この方法は良いと思った主人は、その農家からいくらかニンジンを買い、そのニンジンをあげる約束で、馬を速く歩かせる方法を続けた。

最初の頃は一本のニンジンで喜んで歩いた馬であったが、段々とその要求はエスカレートしていき、次に二本、その次は三本と要求するニンジンの数が次第に増えていった。

そんな多くのニンジンを買えない主人は、結局三本のニンジンをあげるのが精一杯になった。馬は三本のニンジンでは不満であったようで、あまり速く歩かないようになってしまった。

そこに別の馬がやってきた。その馬は二本のニンジンをくれれば速く歩いてあげるという。

主人は三本のニンジンを要求する馬を捨て、コンスタントにニンジン二本で速く歩く馬を飼うことにした。

欲張りな馬はその後、新しい主人を探すのにえらく苦労したとのことであった。

マイナスを増やす行為

この本を図書館で読み終わったスイスイは、司書のゴシカの元に歩み寄った。

「ゴシカさん、またよくわからない本があったの」

声をかけられたゴシカはスイスイの方を振り向いて言った。

「どの本?荷運びの馬・・・。どんなお話だったの?」

聞かれたスイスイは、内容を思い出しながら話した。

「なんかお馬さんの話だったんだけど、そのお馬さんは重い荷物を運ぶのが仕事で、ご主人さんがどうしたら重い荷物をもっと速く運べるかを考えていたの。
 最初は荷物を軽くしたり、鞭を打って速く歩かせるのを考えたんだけど、うまくいかなくて、結局ニンジンを食べさせる代わりに速く歩いてもらうように方法を変えたの。
 お馬さんも最初はニンジンを食べれるで喜んで速く歩いていたんだけど、だんだんと欲が出て二本、三本と欲しがる数が増えちゃって、少ないニンジンでちゃんと速く歩くお馬さんがやってきちゃったから、そのお馬さんは捨てられちゃうって話なの」

それを聞いたゴシカは、なるほどと言って、話した。

「なんだか二つのお話が混ざっている感じね。
 一つ目は高い負荷をかけるよりも、何かプラスのもので釣った方が、相手は動いてくれるっていうメッセージね」

「負荷ってなあに?」

質問してきたスイスイに、ゴシカは優しく答えた。

「うーん、重い荷物とか、大変なこととかとイメージは一緒かな。
 例えばスイスイちゃんが学校に行きたくなかったとするでしょう。・・・まあそんなことはないと思うんだけど、仮の話ね。その時、なぜ学校に行きたくないかっていうと、ちょっと友達とケンカしちゃっていたり、嫌いな授業があるから行きたくなかったとするじゃない?
 その時、マイナスの要素、友達とケンカしているとか、嫌いな授業とか、そういったものをまとめて負荷っていうの。まあ、マイナスなもの全部って感じかしら」

ふーんと言って、ある程度スイスイは納得した様子であった。

「じゃあこのお話の前半は、その”負荷”を多くして相手を動かすんじゃなくて、もっとプラスのことで相手を動かした方がいいってことなのかな」

「そうね、鞭で打っても痛いだけで、最初はその痛み、マイナスから逃れるために頑張るんだろうけど、体力と気力には限界があるし、そんなに長く続かないわ。
 それよりは何かを与える、プラスの要素を与える方がいいっていうのが前半で作者が言いたかったことだと思うわ」

その時、図書館の片隅にある休憩コーナーで、大好きなケーキを三時のおやつで食べようとしていた館長も、話に加わってきた。一旦ケーキは置いておいて。

マイナスを減らす行為

「私は、その、重い荷物を軽くしてあげるっていうのが気になりますね」

そう言ってきた館長にゴシカは答えた。

「確かにそうね。飴と鞭の話はよくあるけど、荷物を軽くする話はあんまり出てこないわね」

館長は少し考えてからポツリと話し始めた。

「私がその話を聞いて思ったのは、、、けっこう自分は重い荷物を軽くすることをしているなと思いました。
 例えば私は整理整頓が苦手なのですが、、、。これはゴシカさんがやってくれているので、毎日助かっているのですが、、、。苦手な整理整頓を、どうすれば嫌な気持ちでやらなくて済むかよく考えるんです。
 例えば整理整頓をゲーム感覚でやることで、少しでも嫌な気持ちを減らすというか、そういうマイナスを減らす動きをよくするんです」

そう言って、館長は一枚の紙に何やら書き始めた。

「なるほどね、マイナスを減らすことで、気分をよくしようってことね」

ゴシカは納得した様子で、館長に対して答えた。

「鞭で打つということはこういうことでしょうね」

館長は言って、グラフに書き足した。

「じゃあ、ニンジンをあげることは?」

質問された館長は笑顔で返し、また書き足した。

プラスを増やす行為

「要するに、この差分ということなのかしらね。好きと嫌いがあって、その引き算をしてあげて、どれだけ自分にプラスが残るか、それを見定めて行動しているのかもしれないわね」

興味深いといった様子で、ゴシカは話した。コクリと館長はうなづいた。

「でも、あれだね。ニンジンをあげ続けるとだんだんともっと多い量を欲しがるようになってくるっていうのが不思議だね」

本当に不思議だといった様子で、スイスイは独り言のように言った。それに対し、館長は答えた。

欲との戦い

「本当にそうですね、スイスイさん。人間は特にそうだと思うのですが、この差分をもっと大きくしたいと思うようなのです。本当に欲深いなあと思います」

そう言って、またグラフに何やら書き足し始めた。

「最初は一本のニンジンで喜んでいたはずです。それがこのグラフの一番左の状態だとしましょう。でもだんだんとこれでは満足できなくなってくる、もう一本のニンジンが欲しい。それで二本目のニンジンを得られた時がグラフの真ん中の状態です。そしてさらにもう一本と欲しくなる。もうこれは際限がありませんね」

若干あきらめた様子で、館長は言った。

「そうね、欲は際限がないから、どこかで客観的にそれを見据えて、冷静にならないといけないわね」

ゴシカも同意して答えた。そしてスイスイは言った。

「どうすれば、欲は抑えられるんだろう・・・」

その疑問に対し、スイスイの肩に手を置いて、館長は答えた。

「難しいことですが、今の状態に満足することが重要だと思います。一本のニンジンや二本のニンジンくらいでグッと自分を抑えられるようにする。自分を冷静に見つめ直すことも必要だと思います。ここはもう欲との戦いですね。さっき言ったように際限がありませんから」

スイスイは、うんとうなづいてくれた。

館長はスイスイが読み終わったこの「荷運びの馬」という本を受け取り、今週のおすすめコーナーに置いた。そして館長は休憩コーナーに戻った。そこには大好きなケーキが待っている。

これも欲との戦いだな。

そうは思っていても、一口食べると二口目、三口目と食べるのが止まらない館長であった。

以上

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