4.10章(最終章) 失敗とはなにか

国王の元お墨付き大臣のダーヨ。今は占い師として活動している。

ダーヨに憧れ、師事する優しい中年男性チョンサ。

チョンサはひょんなことから猫の言葉がわかるようになり、三毛猫のムネマとは友人関係にある。

今日もダーヨの元に占いと言いつつ、人生相談をしにきた人がいるようだ。

卒業

今日の相談者はチョンサであった。というより先日急にダーヨからこんな話があった。

「チョンサさん、あなたの行動や考え方は既に私同等か、それ以上です。これ以上私の元にいても学べることは少ないでしょう。それよりも独立して一人でやっていった方がはるかに勉強になるはずです」

それはダーヨの元を離れ独り立ちせよという卒業宣言であった。

最後に自分もダーヨに相談をしたいということで、時間を取ってもらったのだ。

ダーヨは言った。

「私から一つあなたに伝えたいことは、失敗を恐れないことです」

「失敗を恐れないこと・・・ですか」

「そうです。私があなたを見ていて気になることは、正解を求めすぎてやしないか、ということでした。
 チョンサさんは非常に真面目な性格をしていらっしゃいます。正解やあるべき姿を求め、それを修行僧のように突き進む感じを受けます。
 しかし人生はそんなに堅苦しくなくてよくて、失敗をしても良いのです。そこから学べることがたくさんあります」

ただ、チョンサは、はい、わかりました、と軽い返事を返すことができなかった。

やはり失敗はできるだけしないほうがいいと思っていたからだ。何事も成功の連続の方が理想に近づける。であれば失敗はない方がよりいいのではないか。

それをダーヨに話したところ、こんな回答が返ってきた。

「それは今まで、”失敗はしてはいけない”と、ある意味洗脳されてきているんだと思います。
 学校や教育で、テストの点数が良いからあなたは良い子と、そういう条件反射を思い込まされた子どもは、テストの点数が悪い自分を受け入れられなくなります。それは点数が悪いと相手からの承認を得ることができないと思っているからです。
 学校のテストなんて、一つの価値基準に過ぎません。それが悪くてもその子の人間性や価値には、なんの影響も及ぼしません」

「本当にそうかな」

気付けば事務所の相談室には猫のムネマも侵入してきていた。いつもの窓辺からこそっとやってきたのであろう。

ムネマは続けた。

「俺は人間の世界はよくわからねえが、こっちの猫の世界はちげえぜ。そんな甘い話は通用しない。餌をちゃんと取れる野良猫が生き残るし、ぐずな猫は生きられねえ。良いとは生きれること。悪いことは生きられないことと、はっきり決まっているんだ」

そう思うと、今の人間社会は裕福で、食いっぱぐれなんてすることはない。しかし人間の本能には、”これをやったら食いっぱぐれる、つまり死ぬかも”という恐怖の心が残っていて、それが過敏に反応しているのかもしれない。

どこまでが、生きれるのラインか

それでは、生きれることと、生きれないことの境目はどこにあるのだろうか、チョンサは考えた。

「ダーヨさん、確かにいいも悪いもそんなに気を遣いすぎなくても良いのかもしれません。ただぼくは、どこまでの失敗が致命傷にならないのか、そこの線引きがよくわかっていません」

チョンサは眉をひそめながら考えていた。

ダーヨは優しくチョンサに声をかけた。

「あなたのその真剣に考える姿勢は素晴らしいと思います。それが諸刃の剣となり、時に疲れてしまうこともあるでしょうが。
 今の疑問、つまり生きれることと生きれないことの境界線の話ですが、それは言葉では表せないことなのかもしれません」

「と言いますと?」

「つまり、頭で”これは危ない”と思っているのなら、もうそれは怖いものとして受け入れるしかないということです」

「でもダーヨさん。例えば仕事の話で例えると、ぼくは仕事をしていて、自分が使えない人間だと思われたり、ミスをしでかすことにすごく恐怖を覚えます。これをやったら集団から仲間外れにされると感じて怖いんです。
 これは頭で”危ない”と感じていることです。しかしぼくはこういう恐怖を取っ払いたいんです。もうこういった周りの目を気にして生きていきたくないんです」

ダーヨが答える代わりに、ムネマが答えた。

「ふん、だったら、お前が強くなるしかねえよ。強くなって相手を見返すか、相手を自分の支配下に置いて安心するか、どちらかだな」

手厳しいムネマの意見。ダーヨが口を開いた。

「きっとチョンサさんは今までのどこかで失敗をして仲間外れにされた経験を持っているのでしょう。それが心の傷になって、集団からはみ出したり、正解しないことの恐れを抱いているのだと推測します。それは長い時間をかけて癒していくしかないのかもしれませんね」

それから少し話をして、最後握手をしてダーヨと別れた。

本能による回避

家路に帰る際、ムネマも一緒についてきてくれた。

「お前、これからどうするんだよ」

ムネマに問われたが、実際チョンサは何も考えていなかった。

「そうですねえ、どうしましょう。まさかこんなに早くダーヨさんの元を離れるとは思っていなかったので、何も考えていません」

低くなった太陽からの夕日を真横から受けて、眩しい中、一人と一匹は歩き続けた。

「俺は猫だから人間の考えはよくわからねえがよ。失敗してもいいんじゃねえかな」

「何を無責任な。ダメですよ、失敗なんかしちゃ。成功し続けることが大事なんです。できれば失敗なんかしない方がいいんですよ」

頑なに失敗を嫌がるチョンサに、いささか辟易としながら、ムネマは話した。

「例えばよ、厳しい野良猫世界じゃ、餌にありつくことが一番。二番目は野良犬に襲われないこと、三番目に人間にいじめられないことが大事なんだ。これが野良猫の世界の三箇条なのさ。
 お前の中にはこういうルールみたいなものはあるんか」

ルールと言われてパッと思いつかなかったが、考えながらチョンサは答えた。

「うーん、そうですね。相手を傷つけないこと。優しくすること、社会を良くすること。こう言ったことが大事だとぼくは思っています」

「それはなんでそう思うんだ」

そう言われても難しいなとチョンサは思った。今まで生きてきた中で、なんとなく自分の中で根付いた価値観である。誰かから教わったり、今までの人生でこの価値観で生きた方が良いだろうというなんとなくの勘が働いているところもある。

「なんとなく、今まで生きてきた中でそう思っただけです」

その言葉を受けてかどうかわからないが、ムネマはチョンサに言い放った。

「お前は本当の死の危険に遭ったことがないから、逆にいろんなことが怖いと思ってしまっているんじゃないか。人間世界は平和だから、平和ボケしているのかもな。別にそれはお前が悪いことじゃねえし、危険にはできるだけ遭遇しない方がいいから、それはそれでいいんじゃねえかな」

死の危険を味わったことがない。確かに生きてきて、本当に瀕死の状態になったことはない。それはありがたいことだ。一方、どこまでまずいことをしたら危険になるのか。それがよくわかってないから、変な妄想で苦しんでしまうのかもしれない。

そんなとき、道の反対側から、網と大きなカゴを持った人が五、六人で向かってきた。

少し様子がおかしい。目がぎらついていて、戦闘体制といった感触を受ける。

「むっ、あれも野良猫じゃないか。捕まえろ!」

その人たちは町の治安や風紀を守るための自衛団であった。あとあとわかったことだが、最近野良猫が増えて町を汚したりするから、野良猫を全部捕まえてしまおうとしているらしい。

かわいそうに、捕まえられると狭い小屋に閉じ込められ、粗末な食事しか与えられず、生涯そこに閉じ込められてしまうらしい。

ムネマは動物の直感が働き、これはまずいと思ったらしかった。すぐに向かってきた人間たちに背を向け、走り出した。

そして人間が行きづらい家の屋根にピョンと飛び移った。

しかしムネマは昔の傷のせいで、左足がうまく動かない。急な動きに体が動かずバランスを崩し、ヒューと屋根から落ちてしまった。

しかもこともあろうに、チョンサの頭の上に落ちてきたのだ。

ごちん!

鈍い音がした。チョンサとムネマはぶつけた頭を抱え、痛みにしばらく悶絶した。

「いてて・・・大丈夫ですか、ムネマさん」

呼びかけたチョンサへのムネマの回答は驚くべきものだった。

大丈夫だよ、とか痛えじゃねえかと毒付くのではなく、なんと

「にゃ〜ん」

としか言わなかったのだ。そこからムネマはなんとか人間の言葉を喋ろうとしているらしいのだが、もうチョンサにはにゃーんとしか聞こえなかった。

猫の言葉はわからない、前の状態に戻ってしまったのだ。

そこへ先ほどの野良猫を確保しようとしている自衛団の数名が駆けつけた。

「大丈夫ですか、頭をぶつけましたかね。全くひどい野良猫だ。こいつは捕まえていきますね」

にゃーん!と抗議するムネマ。自然とチョンサはこう言った。

「この子は野良猫ではありませんよ。ぼくの飼い猫です」

「えっ、そうだったのですか。首輪をしていなかったので、野良猫と思ってしまいました。
 野良猫と思って捕まえてしまうかもしれないので、今度からは首輪をつけてくださいね」

そう言って、野良猫を取り締まる自衛団の人は去っていった。

にゃ〜んとムネマはチョンサに寄り添ってきた。これも何かの縁だ。ムネマを一人にはしておけない。それに野良猫の取り締まりが厳しくなるのであれば、ムネマの奥さんと三人の子どもも面倒を見なければならないだろう。

一方、人間と喋れなくなったムネマは、心の中でこう思っていた。

「いや、危ないところだった。野良猫の少しくらい、見逃してくれたっていいのにな。それにしても冷や汗をかいたぜ。チョンサ、これが本当の恐怖だぜ。本当の恐怖のときは頭の前に体が動くのさ」

人間一人と一匹は、ムネマの奥さんと子どもを迎えに行くため、ムネマの家に急いだ。もう日が暮れそうであった。

チョンサの日記:ダーヨさんとの別れ、ムネマさんとの共存

○月○日 くもり

今日がダーヨさんの事務所で働く最終日だった。ダーヨさんからは多くのことを学んだ。社会のこと、人間のこと、考え方。全てが自分の血肉となっており、感謝しても仕切れない。

ダーヨさんが最後に言ってくれた言葉が忘れらない。

「あなたは自分が思う以上に素晴らしい人です。あなたはものすごく謙虚なのでそれに気付いていないようですが、あなたの周りにはたくさんの人に囲まれています。困ったときは私でもいいし、他の人に頼ってもいいのですよ」

やはりダーヨさんはいい人だったのだ。冷たかったりそっけなかったりするけど、実はいい人なんだということがよくわかった。

今日から我が家にいきなり五匹の猫が増えた。ムネマさんとその家族たちだ。奥さんにはしこたま怒られたが、連れてきてしまったのだから、仕方がない。もうムネマさんとは会話はできなくなってしまったが、なんとなく意思疎通はできている気がする。これからもムネマさんと一緒なのは、嬉しい。

第四部 完

第五部に続く。

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