4.8章 良さの伝え方

国王の元お墨付き大臣のダーヨ。今は占い師として活動している。

ダーヨに憧れ、師事する優しい中年男性チョンサ。

チョンサはひょんなことから猫の言葉がわかるようになり、三毛猫のムネマとは友人関係にある。

今日もダーヨの元に占いと言いつつ、人生相談をしにきた人がいるようだ。

良さが伝わらない

今日の相談者も、眉間に皺を寄せ、明らかに困っている風の男性であった。

ダーヨとチョンサはソファに並んで腰掛け、相談者からの話を聞いた。

その男性は万病に効くという不思議な飲み薬を売っているが、なかなか売れず困っているという。

試しに飲んでみてほしいという願いから、恐る恐るチョンサは飲んでみた。こういうとき、ダーヨは素知らぬ顔をして、そういう危険なものは摂取しない。しかしチョンサは少しだけ好奇心が勝ち、その飲み薬を飲んでみた。

意外に甘い味で、少し変な感じもした。しかし不味くはない。飲んでみたが、特別元気が出てくるというわけではなかった。

しかしそこからしゃべって数分経った頃、いやに自分のテンションが上がってきていることに気づいた。いつもであればこういった相談の場でしゃしゃり出てコメントするのは差し控えるのだが、なぜだか言葉が後から後から出てきてしまった。

これがこの飲み薬の効果であった。万病に効くというよりも、テンションが上がる、一種の興奮剤のようであった。

別にこれが良いか悪いかは置いておき、なぜこれが売れないのかがさっぱりわからないというのが相談者の悩みであった。

「これを飲むと元気が出るんです。いろんな人の役に立つと思って売り歩いているんですが、なかなか売れなくて・・・。どうすれば売れるようになるんでしょうか」

まゆをへの字に曲げた相談者であった。ダーヨは薄気味悪そうに、チョンサが飲み切った飲み薬を見てから言った。

「口に入れるものというのは誰しも抵抗感があります。その抵抗感をなくすために広告を打ったり、みんながすでに飲んでいるという風に見せかけて、飲むのは安全だと思い込ませているのです。
 あなたが個人的にやっても、いきなり見ず知らずの人が来て、これは万病に効く薬です、と言われても気味悪がって飲まないでしょう」

悔しそうに相談者はダーヨに食らいついた。

「でも、でもこれは本当にいいものなのです。確かに飲み終わって少しすると脱力感は出ますが、一気に力が出るという点においては非常に価値のあるものです。これを欲しがっている人は必ずいます。私はそういう人にこれを届けたいのです」

「まじめだねえ、この人間も」

ふと見ると、いつもの窓辺の定位置に猫のムネマが少し笑いながら体を横たえている。

いや、正確に笑っているのかは猫だからよくわからないのだが、チョンサには薄ら笑っているように見えた。

「この人間は信じ切っちゃっているわけだ、これが役に立つってな。恋は盲目ってのは人間のことわざだったな。それと同じだよな。あまりに没頭しすぎてしまうと周りが見えなくなっちまう。それのいい例だろ」

そこまで言うとムネマはあくびをした。鋭いが小さな歯たちがよく見えた。

きっと他の人たちにはニャーニャーと猫が鳴いている風にしか聞こえていないのだろう。そのニャーニャーという声が止んだからか、ダーヨが再び口を開いた。

「あなたの熱意はわかります。いいものを共有したいというのは、集団生活を営む人間にとって、とても基本的なことです。あなたは間違っていない。
 でも伝え方というのがありますね。さっきも言ったように飲食物を売るのであれば、安全・安心がまず担保されていないと人は買いません。そこを少し考えた方がいいでしょうね」

がっくりと相談者は肩を落としてしまった。何か有益なアドバイスがもらえるかと思って期待していたのに、それほど大した話が聞けなかったからであろう。なにか空回りしているこの相談者が、チョンサはかわいそうになってきた。

元より、このダーヨの占い(という名の相談)に来る人は真面目でいい人ばかりである。真面目で頑張りすぎるが故に、固くなってなかなか人に受け入れてもらえていない。頑張っているのに成果が出ないからモチベーションが低くなったり、できない自分を責めていたりする。完全な悪循環に陥っていた。

相手は何もわかっていない子どもである

相談者から半ば強制的に飲まされた飲み薬のせいで、テンションがいつもより高くなっていたチョンサは、こう言った。

「ぼくも自分にとってはいいと思うのにそれがなかなか相手に理解されなくて、すごく悲しくなったり、逆にこの素晴らしさがわからないなんて、なんて相手は愚かなんだと思ってしまうことがあります。
 でも思うのが自分は教師だと思うことにしているんです」

「教師?」

相談者は明らかに顔にクエスションが浮かんでいた。しかしダーヨとムネマはハッとした顔をしていた。

「はい、教師です。つまり自分はわかっているが、相手はわかっていない子ども。相手にわかってもらうためにはどうすればいいかを考えるんです。相手が子どもだと思って、どうすればわかってもらえるかを考えるんです」

今度ははっきりと笑っているのが見えたムネマが言った。

「おお、それはナイスアイディアだよ、チョンサ。そう、相手は何もわかってねえガキンチョだ。それに教えてあげるくらいの気概でないとな」

ダーヨも、

「いいアイディアですね、チョンサさん。相手が子どもだと思えば、これはいい薬だよ、と怪しいおじさんから言い寄られても絶対飲みませんものね」

怪しいおじさんと言われて普通はカチンと来そうなものなのに、アイディアの素晴らしさにそれを忘れ、相談者も興奮気味に言った。

「そうですね!言われてみればそれはそうだ。まず薬だなんて言われて子どもが飲むはずもない。
 私はどうやら相手を自分の言うことをちゃんと理解してくれる立派な大人だと、高く見積もりしすぎていたかもしれない」

そう言ってウンウンと相談者はうなづいた。チョンサは話を続けた。

「まず相手を何もわからない子どもだと思って、理解できる説明を心がける。でもわかってもらえなくてもいいのかもしれません。自分の発することがまだ相手に理解できるくらい具体になっていない。そういう時は総スカンを食らうことになるでしょう。
 でもその時も、そりゃあよくわからないことをしているんだから、無視されるのは当たり前というくらいの気概を持った方がいいのかもしれません。それにそれを続けていればよくわからないが何か続けている人と、興味を持ってくれるかもしれません」

チョンサの言葉に他の三人(うち猫一匹)は納得した様子でその日の相談は終わったのであった。

チョンサの日記:わかってくれずとも良い

○月○日 晴れ

今日も相談の場でたくさん話してしまった・・・。あの飲み薬のせいだ。あれのせいでテンションが変な感じになってしまった。あの場は頭が回転してよかったけど、夜になると気分が悪くなったから、もう飲むのはよそう。

でも子どもに教えてあげるくらいわかりやすくというアイディアはよかったな。それに別にわかってもらえなくても気にしないという見方もよかったと思う。わかってもらえなくても続けていれば何かしら興味は持ってくれる。大丈夫、そのまま進んでいいということがなんとなくわかった気がする。

以上

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