4.9章 育児と育猫
国王の元お墨付き大臣のダーヨ。今は占い師として活動している。
ダーヨに憧れ、師事する優しい中年男性チョンサ。
チョンサはひょんなことから猫の言葉がわかるようになり、三毛猫のムネマとは友人関係にある。
今日もダーヨの元に占いと言いつつ、人生相談をしにきた人がいるようだ。
パパとしてのムネマ
チョンサと猫のムネマは公園でひなたぼっこをしていた。チョンサの方はこれからダーヨと一緒に相談者の相談に乗るのだが、その前に少し休憩を取っていた。
ムネマはいつも暇そうにしているので、別に今日は特別変わった日ではない。しかしムネマの顔は曇りがちであった。
「どうしたんですか、ムネマさん。今日は元気がなさそうじゃないですか」
いつもはすぐに憎まれ口を叩くムネマなのに、元気がない様子が不安で、チョンサは声をかけた。
ムネマは少し遠い目をしながら言った。
「いや、俺の子どもがな・・・。全然言うことを聞かなくてな」
猫の世界では、人間世界とは違って、結婚して子どもができても、あまり父親が育児に関与するということはないらしい。
基本的に奥さん側が子どもの面倒を見るという感じで、父親は子育てをしない。そういうのが猫社会の一般的な家庭像らしい。
ふらっとどこかに遊びに行って、好きなことをして家に帰ってくる。そんな何もしない父親なのに猫社会ではそれでいいらしい。楽な父親だなと、その話を聞いたとき、チョンサは思った。
ムネマには三人の子どもがいる。まだ成猫になっておらず、小さい子猫たちだ。
「この前久しぶりに家に帰ったらよ、子どもたちがなんとなく俺の言うことを聞かなくなっているんだよ。あんまり家に帰らないからかな。父親の威厳が失くなってきているのかもしれねえ」
どうやらムネマは父親の威厳が失われていることに、危機感を覚えているらしかった。
「ムネマさん、猫の世界はどうだか知らないですけど、もっと家に帰った方がいいですって。そんな感じで独身時代と同じスタイルじゃなくて、もっと家庭にいないと」
そういうチョンサを邪険に扱い、
「うるせえなあ。俺はお前みたいに奥さんにペコペコして、ヒイヒイ言いながら仕事をする人間の生き方は、まっぴらごめんだね」
そう言うとムネマは去っていった。
邪険にされるムネマ
ムネマが家に帰ると、奥さん猫と、子猫三匹はちょうど家にいた。四匹でどこから取ってきたのか、魚を食べている。ムネマはまだご飯を食べていなかったことに気づいた。
「おっ、サンマか。いいじゃねえか。俺にも少し分けてくれよ」
そんなムネマを差し置いて、無視するかのように、奥さん猫も子ども猫たちもムネマには話しかけなかった。いい加減ムネマも腹が立ってきた。
「なんだよ、いったいなんなんだよ。無視しやがって。俺は父親だぞ。そんな舐めた真似してタダで済むと思ってんのか!」
ムネマはかなり語気が強い口調で怒鳴ったが、四匹とも黙ったままでだった。ボソリと奥さん猫が言った。
「あなたは自分が今まで何をしてきたのかわかっているの?家にも帰らずフラフラして、たまに帰ってきたと思ったら偉そうにして。それで慕ってもらえると思っているの?子どもたちの気持ちも考えてよ」
奥さん猫からそう言われ、バツが悪くなったムネマは今度は家から飛び出していったのであった。
育児に悩む人間
ムネマはトボトボと歩き、結局ダーヨの事務所に戻ってきてしまった。ダーヨとチョンサがもう一人の人間と話をしている。また困ったやつが来たなと、ムネマは辟易とした。
耳を傾けてみると、子育てにうまくいっていないという母親であった。母親は涙ながらにこう話した。
「うちの主人はろくに仕事もしないで遊び呆けて、たまに帰ってきたら飯はあるのかって、本当に頼りがなくてろくでなしなんです。なんであんな男と結婚したのか。私の人生の本当に汚点です」
ムネマはどきりとした。猫の自分のことであるはずがないのに、さも自分が非難されているかのような気がしたのだ。人間の相談者は話を続けた。
「実は、子どもが学校になじめていないみたいなんです。なんだかお友達と合わないらしくって。本当は主人にも相談に乗ってあげてほしいんですけど、この調子でしょ・・・。頼りにならなくって」
ずっと話を聞き続けていたダーヨが初めて口を開けた。
「お子さんはご主人のことをなんと言っているんでしょうか」
「本当は子どもたちはパパのことが大好きなんです。でもずっと家にいないから拗ねてしまって。私のように冷たく対応してしまっています」
ムネマは複雑な気持ちであった。自分の子どもたちは自分のことをどう思っているんだろう。さっきもサンマを全然分けてくれなかった。とっくの昔に嫌われてしまったのだろうか。でも嫌われても当然か。飯をろくに家に持ち帰らず、フラフラしているだけの父親だ。そんな父親を好きになってもらえる方が不思議だ。
ボーとしているムネマであったが、そんな状況を一変させることが起きた。なんとムネマの奥さん猫がダーヨの事務所にものすごい速さでやってきたのである。
ゼエゼエ言う奥さん猫に向かって、
「なんだ、なんだそんなに慌てて。さっきのことは俺は謝らねえぞ」
奥さん猫は首を振って、ムネマの主張を否定した。
「そんなんじゃないの!さっき下の子が友達と喧嘩して怪我を負って。病院に行ったの!」
病院?怪我?大丈夫だろうか・・・。下の子猫の顔が瞬時にムネマの頭に浮かび上がった。
次の瞬間に、ムネマは飛び出していた。
暴力は振るうな
下の子猫が治療されていたのは、レストランの裏手にあるゴミ捨て場であった。よく野良猫たちはここでたむろする。そしてその一角には「病院」と呼ばれ、怪我をした野良猫が運ばれる場所があった。下の子猫は誰かに手当され、横になっていた。
「おい、大丈夫か」
「あ、お父さん」
気づくと下の子猫は身を起こそうとした。
「別に起きなくていい。そこでゆっくりしとけ。でも一体全体何があったんだ」
そう言いながら周りを見渡すと、あと五、六匹の猫がどこかに怪我をして横たわっていた。
下の子猫から聞くに、ところどころ辻褄が合っていなくてよくわからなかったが、どうやら相当馬鹿にされてこちらから手を出してしまったらしい。
「お前の言うことはわかるが、手を出すのはまずかったぞ。手を出した方が悪くなっちまう」
そう言っていると、後ろから声をかけられた。
「お宅か、うちの次男坊を爪で引っ掻いたやつは」
振り返ると、下の子猫と一緒くらいの猫と、親猫がこちらを見ていた。どうやらムネマの子どもが手を出してしまった猫と、その親らしい。一緒に怪我の手当をされていたのだ。
ムネマはまずはしっかりと謝った。
「この度は申し訳ねえ。手を出しちまったのは申し分の立たねえことだ。すまなかった」
ちゃんとムネマは謝ったが、向こうはそれで図に乗ったのか。色々と文句を言い始めてきた。
お宅の子はすぐに暴力を振るうだとか。
何を言っても、言うことを聞かず、周りに迷惑をかけているとか。
散々文句を言われ、ムネマは腹が立ってきた。
「おい。好き放題言わせておけば図に乗りやがって。こっちが手を出してきたのも悪いが、そっちも仕返ししてんだから、お互い様だろうが。それをなんだ、ぐちぐちと」
危うく喧嘩になりそうだったが、遅れて到着したムネマの奥さん猫になだめられ、その場は親同士の喧嘩に発展することはなく、解散となった。
ムネマ、奥さん猫、下の子猫はとぼとぼと家路に着くために歩いていた。その時、下の子猫がボソリと言った。
「お父さん、お母さん、ごめん、僕のせいで、迷惑をかけて」
ムネマは胸が痛くなった。そして言った。
「いいんだ。別にお前が100%悪いってわけじゃねえ。お前にはお前の言い分があるんだろう?だったら別にそんなに反省することはないさ。ただ、暴力を振るうことはもうしないでくれよな」
コクリと下の子猫はうなづいた。
親のできること
ムネマが子猫を連れて家に帰っていた頃、ダーヨの事務所ではもうそろそろ相談の時間が終わりそうになっていた。
実はこの相談者の母親も学校でトラブルがあり、子どもが喧嘩をしてしまったらしい。どう対処しようかとの悩みも相談されていた。
ダーヨのアドバイスはこうであった。
「子どもは子ども同士、いろいろと同じ場所で生活していたらトラブルもあるでしょう。しかし大事なことは、親は子どもの味方でいるということだと思います。やはり子どもが頼りにできるのはまずは親です。その親が自分の子どもを信じないでどうするものかと思うのです。
何があっても自分の子どもを信じること、愛することが、親のできることなのではないでしょうか」
チョンサの日記:子どもには幸せになってほしい
○月○日 晴れ
今日の相談者さんはママさんで、子どもの育児に関する相談だった。
ぼくにも子どもがいるが、いろいろと考えながら日々送っている。でもやっぱりダーヨさんも言っていたが、親ができることなんて、やっぱり子どもを愛することだったり、一番大事に思うことなんじゃないかと思う。それが今の自分に十分できているかわからないけど、子どもたちといると幸せだし、それでいいんじゃないかと思っている。自分は幸せ者だし、子どもたちにも幸せになってほしいと思う。
以上











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