(72) ぼくの夢

もうかなり深夜なのだが、やはり今日中に書いておくべきだと思い、重い頭に鞭を打ち、今原稿を書いている。

内容はぼくの夢、目標といった事柄についてである。これを言語化、文字化しておく必要があると思ったので、記していきたい。

正直夢を語るのは恥ずかしいものである。なぜならぼくの夢はおそらくまだ誰も到達したことがなく、人類初の試みになるはずだからである。そんな大風呂敷を広げて、そんなことできるはずないだろう、頭がおかしいのではないかと後ろ指を指され、集団から疎外されることを恐れている。

しかし何度も考え直そうとしても、この夢はぼくの頭から離れてはくれない。では叶えてやろうと思った次第である。それでは一つずつ、恥ずかしさは一旦おいておいて、自分の考えを述べていきたいと思う。

世界中の人が、自分の好きな仕事で食っていける世の中にしたい

まずぼくが生涯をかけて成し遂げたい目標がこれである。さすがにいきなり世界は難しいからまずは日本からである。日本で働く人は少なくとも、自分の好きなことをして、生き生きして生活できる世の中にしたい。

なにをばかなことを言っているんだ、そもそも仕事とは辛いものであって、好きなことは単なる趣味でしょう。そんな好きなことで食っていけるほど、世の中は甘くないんだよ、と言う声が今にも聞こえてきそうである。

もちろん、人間が毛嫌いする仕事はあると思う。昔で言う3Kだ。きたない、きつい、きけんの3つのことで、これらは人間の生存を脅かす仕事のため、嫌われる傾向にあるというのは確かなことだと思う。

ここでこそ、ロボットやAIなどの技術を応用し、人間でなくてもロボットが大まかなことをしてくれるようになれば、誰もが自分の好きな仕事で誰かの役に立つ世の中が実現できるのではないかと思う。そもそも好きなことの方が自然とスキルアップをしようとするし、いやいやな仕事をするより、よっぽどレベルアップが早いのは当然の話である。やはり今まではどうしても生きるために必要な”労働”と言う観点が強かったが、21世紀そして22世紀はロボット技術の台頭により、労働はロボットにやって貰えばいいと思う。人間は次なるフェーズに進むべきだと思う。

自分らしくそのままで、生きていける世の中にしたい

2つ目に思うのが、自分という存在をそのまま外部に表現しても、誰からも批判されず、のびのびと過ごせる世の中にしたいということだ。これをしてはいけない、こうあるべきだという縛りから解放され、自分の思ったことはストレートにそのまま伝えられる世の中にしたい。

本音を言っても大丈夫な世の中にしたい

少し2つ目と似ているかもしれないが、辛いときは辛いと言っても大丈夫な世の中にしたい。この世の中には相手を気にして、自分の本音を隠してしまう人が多くいる。

心優しいその人たちが気兼ねなく、自分の辛いことを吐露しても、誰も迷惑がることなく、受け止めてくれる世の中にしたい。

まとめ

こういうふうに書いてみると、統合して言えることは、恐らく「ありのままの自分」でいて大丈夫な状態にしたいということだと思う。しかしありのままの自分=何もしなくてもいいということ?、また悪いことは直さなくていいのか、など疑問が生じる点が多々ある。また、ありのまま=何をやっても許されるということ?と言われると、それは何か違うような気がする。

こういった修正すべき矛盾点は多いが、骨子としては、何があっても、どんな状態でも「大丈夫」と言える、安心な世界に作りたいと思っている。これがぼくの夢であり、目指すべきビジョンである。ぼくはこのビジョンの実現のため、あきらめずに、人生を賭して歩いていく。

以上

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コメント1件

  • […] ちなみにぼくの目標は、「ぼくの夢」という記事の中でも書かせてもらったが、簡単に言うと、自分がやりたい、やろうと思ったことを、実現できる社会を作ることである。 […]

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