2.7章 人の顔色が気になる、ミド
この物語は、ある小さな村にある、ダンケ学校での、教師ケイと、生徒10人によるやり取りを記録したものである。
登場人物紹介
ケイ・・・ダンケ学校の教師。さまざまな経験から子どもたちに平等に、多種多様な事柄を教える。
ミド・・・ダンケ学校の生徒。賢く機転が効く。人のパーソナルスペースに土足で踏み込まない。
シバ・・・クラスの清掃委員。きれい好き。少し自分の意見を押し付けがち。
スイスイ・・・自分より他人を思いやる優しい子。最近、少し自分の意見を言えるようになった。
ガイマ・・・全てを他責にする。だが悪いやつではない。
トゥアーリ・・・クラスのムードメーカー。ちょっとずさんな性格。だがハレに好かれるため、マメな男になれるよう奮闘中。
ハレ・・・クールビューティ。歌手になる夢を持っている。
キベル・・・勉強していい会社に入ることを目標としていたが、自分の好きなことをやろうと心を入れ替えた。
気が利く子、ミド
ミドは昔から、賢い子だね、気が利く子だね、と言われて育った。
事実、ミドは同年代の子から比べても、非常に利口な子であった。1を聞いて10を知るとはまさにこのことで、大人がやろうとする半歩手前のことを予測し、それをアシストするような言動を取っていた。
それはダンケ学校に入ってからも続いた。教師のケイからも「ミドはよく気が利いて助かるよ」と何度言われたことか。
なんとなくミドにとって、大人たちの考えることが予測できてしまうのだ。感受性が高いというか、何も考えずに体が勝手に動いてしまうのだ。もうそれは、性質と言ってよいものであった。
欠点が気になる
ずっと「できる子だね」と言われて育つと、その子はできなかった時を非常に恐れるようになりがちだ。ミドも御多分に漏れず、他人の顔色を伺ううちに、自分の思った通りにいかない大人の反応を怖がるようになってしまった。
でも、それを外見からはわからぬよう、必死で隠し、平静を装った。本当は怖くて、誰かに助けてもらいたいのに。
いつしかミドは完璧を求めるようになっていった。
そう考えると、ミドはキベルに非常に自分と共通項が多いと感じ始め、親しみを感じ始めていた。
キベルも勉強が熱心で、いい学校に入り、いい会社に入ると、熱を入れて勉強をしていた。
キベルも失敗してはいけない。いい学校に入るしかない、入らないという道はないと、崖っぶちな気持ちで勉強をしているように感じた。
ミドはそこまで勉強は熱心ではなかったが、失敗してはいけないという気持ちにがんじがらめになっている様子は、はたから見ていて、自分によく似ていると感じていた。いつから、こんなふうになってしまったんだろう。
ミドはダンケ学校からとぼとぼと帰っていた。
ふと空を見上げると、鳥がチュンチュンと鳴いている声が聞こえた。自分も鳥になりたい、そう感じた。
自分も鳥のように自由に何にも縛られることなく、大空を飛んでいきたい。このジメジメとした地面の上ではなく、爽やかな大空を飛んでいきたい。
しかし、ミドの気持ちは晴れることはなかった。
キベルからの言葉
気が利いて利口なミドであったが、彼には弱点があった。
それは学校の体育が苦手だということだ。
特に走るのが遅いのが、とても嫌であった。クラスに10人いて、ドベか、ドベから2番目だ。しかも女子も入れてその順位だったので、体育の時間が本当に嫌だった。
そしていつもドベを争っているのが、キベルであった。キベルも運動神経が悪く、走るのが非常に遅かった。
そして今日は嫌いな体育の時間。それも1時間目からある。前日の昼過ぎくらいから、「明日は雨になれ、雨になれ・・・」と祈っていたが、その願いも虚しく、かんかん照りの、体育日和になってしまった。
その日、体育着に着替え、校庭に出ると、今日は50m走をやるらしい。最悪だ、ミドの最も不得意な競技であった。
そして2人がペアになって走るらしい。早速1組目のペアが走り出している。
最初のペアは、クラスのムードメーカー、トゥアーリと、清掃委員のシバ。この二人は目にも止まらぬ速さで50m走を駆け抜けた。
2組、3組目と走り、そろそろ自分の番だ。今回はキベルと走るらしい。
キベルとなら足の速さはどっこいどっこいだから、遅くてもバレにくい。少し安心して自分の走順を待った。
待っているとき、キベルがミドに話しかけてきた。
「ミド、実は僕、もう勉強するの、やめたんだ」
「えっ」
あんなに勉強第一にしていたキベルが、その勉強をやめるなんて、予想もしていなかったことだから、ミドは驚いて、ろくに返事もできなかった。
「色々考えたんだけどさ、これから長い人生、好きでもない勉強をやるより、好きなことを少しでもした方がいいかなってさ。逃げだって言われれば逃げかもしれない。でもガリ勉はもう疲れちゃってさ。好きな水泳を続けることにしたんだ」
「・・・」
ミドは何にも言えなかった。ただミドの心には、好きなものがあって、いいなとそれだけは感じることができた。
4組目、スイスイとハレが走る。ハレの方が少し早くゴールに着いたようだ。
キベルは話を続けた。
「なんか僕、思ったんだけどさ、今までなんか失敗することが怖かったんだよね。失敗したらすごく塾の先生からは怒られたし、親にもがっかりさせるかなって。そうしていたら、段々完璧じゃないと、自分はいちゃいけないって思ってたんだ」
ミドはドキッとした。冷や汗を感じているのがわかる。これは走るのが遅くてみんなからバカにされるのを恐れているのではない。完璧じゃないと、自分じゃないと言ったキベルの言葉に心当たりがあったからだ。
「おーい、次、最後だ。キベル、ミド。いちについて〜〜」
教師のケイの言葉が聞こえる。ぼうっとしながら、ミドはコースの位置に着いた。
走る前、キベルはこう言った。
「水泳を続けていると、楽しいんだ。練習すればするほど、昨日の自分より上手くなっている。そりゃあ周りにはもっと速くて綺麗に泳げる人はたくさんいるよ。でもいいんだ。僕は僕だから。好きなものがあって、それで前より成長している。勉強していた時はこんな気持ちならなかったのにな」
ミドは、少し視界がクラクラし始めていた。なんだか自分が信じていたものが崩れ落ちそうであった。
ケイが50m先からこう言い放った。
「位置について・・・よーい、どん!!」
二人は走り出した。
どちらが勝ったか、ミドはよく覚えていなかった。
昨日の自分より、成長した自分
その日の帰り道、ミドはふと気づくと、また鳥の声がしているのに気づいた。
チュンチュンと、前の鳴き声と少し違うかもしれない。でも本当に違っているか、あまり自信がなかった。
「やあ、ミド。お帰りかい?」
振り返ると、教師のケイがいた。
「先生、今日は帰るのが早いんですね」
「あぁ、今日は子どもの誕生日でね、帰ってパーティなんだ。仕事は明日に全部任せて、今日は帰るよ」
はっはっはと、ケイは笑った。
「それはそうと、今日はミドは少しうわの空って感じだったね。体育の時間の後くらいからかな。何かあったのかい?」
ケイは優しくミドに話しかけた。
「うん、先生。今日、ちょうど体育の時間に、キベルから、話をしてくれたんだけど、キベルは勉強をするのをやめて、好きな水泳を続けることにしたんだって」
「うん、そうだね、最近の話だね」
「そうか、最近の話なんだね。それでそこでキベルが言っていた言葉が頭に残って。なんか勉強ができない自分は自分じゃないように感じるとか、自分が好きな水泳をしている時は、昨日の自分より成長している気がして楽しんだってさ」
そうか、とケイは言って、ミドと一緒に並んで歩いた。
「それを聞いて、ミドはどう思ったの?」
しばらく黙ってから、ミドは答えた。
「羨ましいなって、純粋に思った。なんか最近大人の要望とか、求めているものがなんとなくわかって・・・、これは昔からなんだけど。だから純粋に自分が好きなものをやれているキベルが羨ましくなったんだ」
ケイも少し考えてからこう言った。
「ミドは本当に鋭いからね。大人より察しがいいというか。それで困ることもあるんだろうね。少し気を使い過ぎてしまうというか。気が使いすぎると、満点主義になりやすいからね」
「満点主義?」
「そう、つまり相手の顔色を伺い過ぎて、その機嫌を損なわないように気を使い過ぎてしまうわけだ。相手の機嫌がいいを満点にして、その満点をキープしようとするわけさ」
満点をキープというのは大変だなとミドは感じた。さすがのミドも学校でのテストを全て満点を取れているわけではない。それを全部のテストで満点を取らなければいけないとなったら、非常に大変なことになる。
ケイは話を続けた。
「キベルの言っている、好きなことだと、昨日の自分より成長しているのが楽しい、というのはおもしろい感想だね。自分の好きなことだと、あまり周りの目が気にならなくなるのかもしれない」
それを聞いてミドも賛成した。
「うん、僕も、キベルみたいに、自分の好きなことを見つけて、昨日の自分より成長していることを、楽しみたいな。」
「そうだね、さっきのが満点主義だとしたら、これは加点主義だ。昨日の自分より1点でも2点でも点数が取れていれば、楽しいのだから」
満点主義より加点主義。いい言葉だな、とミドは感じた。
自分にもきっと好きなことは見つかる。それだけはなぜか自信がある、ミドであった。
以上

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