3.2章 アリとキリギリスと、○⚪︎○

ここはタール村にある、唯一の図書館。建物には良い光が入り、周りは自然に囲まれている。

今日はその図書館にある、一冊の本を読んでみよう。

よく知られた話

あるところにアリとキリギリスがいました。アリは暑い時でも一生懸命働きました。

一方キリギリスは遊んでばかりでロクに仕事もしません。キリギリスは一生懸命に働いているアリを見て、

「なんでそんなに働くのだい。もう少し余暇を楽しみたまえよ」

と言って、小馬鹿にしたように笑いました。

しかしアリはそんなキリギリスの嘲笑には目もくれず、ひたすら働き続けました。

そして冬になりました。冬になって食べるものがなくなり、困ったキリギリスはアリの家を尋ねました。

「すまない、アリさん、寒いし食べるものもないし、死にそうなんだ。どうかここにいさせてくれないか」

しかしアリは冷静にこう言いました。

「キリギリスさん、あなたは夏の間、ちっとも働かず遊んでばかりいたね。そんな怠け者に与えるものなんて、一つもないよ」

そう言って、家の扉を閉めてしまったのでした。

どちらが正しいのか

久しぶりにこの本を読んだタール村図書館の館長は、ふうと一息ついて本をベンチに置いた。

その様子を見た司書のゴシカは館長に声をかけた。

「どうしたの、館長」

聞かれた館長は答えた。

「いや、この有名なアリとキリギリスですがね、この話を見ると、なんだかアリが正しくて、キリギリスが間違っている、そんなメッセージを感じるのです」

そう言われて、ゴシカはさも当然と言った様子で答えた。

「それはそうよ。この童話は、遊んでばかりいると、後々酷い目に遭うっていう典型的なお話じゃない」

「それはそうなのですが、私にはどうしても、このお話が好きになれないのです。
 本当にキリギリス的な生き方はだめなのでしょうか。アリの生き方は酷すぎます。くる日くる日も働いて、おおよそ余暇に関する記述は出てきません。一方キリギリスはどうでしょう。彼は自分の人生を謳歌しています。それにアリは残酷すぎませんか。確かに長期的に考えられなかったキリギリスには非があるでしょうが、救いの手を差し伸べないところに残酷さを感じます」

確かにね、と言ってゴシカは話した。

「そうね、館長の言うとおり、アリはちょっと残酷よね。なんだかアリとキリギリス、どっちも極端だから、中くらいの生き方がいちばんいいなって、私は思うけど」

ウンウンとうなづいて、館長は続けた。

「私が思うのですがね、どっちがいい、悪いではなく、好きな方を決めればいいと思うのです。働きたかったら働けばいいし、遊びたいなら遊べばいい。どっちがいいとか悪いとか決めてしまうから、良くないと思うのです。」

今日は近くにあるダンケ学校の生徒、スイスイも図書館に来ている。スイスイは二人の会話を聞いて、こう言った。

「なんだかいいとか悪いとかそういった物差しみたいなのがあるって、私は思っちゃうな。テストの丸かバツかみたいな感じで、世の中にも、そういう正解、不正解みたいなのがあると思う」

ゴシカはスイスイに対してこう言った。

「そうね、どうしても学校だと、合っているものと間違っているもの、はっきりと二分されているような感覚に陥るわね」

コクリとうなづき、館長は言った。

「でも本当は違うのですよね。本当は合っているものも間違っているものもない。あくまでそれは一つの基準で合って、それに従うのではなく、従うべきは自分がどうしたいかなのですよね」

でも、と言って、スイスイは少し暗い顔をして言った。

「人と違うことをするのって、怖いよね。だから本当はしたいことを我慢して、周りの人から怒られない方を選んだりするんだと思う」

ゴシカは暗い顔をしたスイスイの肩にそっと手を置いて言った。

「難しいわよね、人を優先した方がいいときって、実際あるもんね。でも自分を優先しないと、なんだかどんどん元気も無くなっていくしね」

館長は一息ついてから、話をした。

「自分で決めること、いや、決めれることは再認識した方がいいと思います。絶対的権利は自分にあることを認識しないと。
 あと怖かったり考えたくない時は、”考えない”ことや、今は答えを出さないことを、決めてもいいと思います。つまり保留する、と自分で決めるんですね」

スイスイは先程よりか少し明るい顔で館長に言った。

「怖いけど、不安だけど、自分で決めていいんだよね」

ゆっくりとだがしっかりと、館長はうなづいた。

「そうだよ、スイスイさん。自分で決めていいんだよ」

それでその日三人は別れた。しかしどうしてもアリとキリギリスの話が忘れられない館長は、自分なりに、アリとキリギリスを書き直してみた。

アリとキリギリスと、○⚪︎○

あるところにアリとキリギリスがいました。

アリは毎日せっせと働いていましたが、キリギリスは毎日遊んでばかりでした。

そして冬になりました。アリは毎日働いていたので、たんまりと食べ物があります。それに巣もちゃんと作ってあったので、暖かい家もあります。

一方キリギリスは遊んでばかりいたので、食べ物も家もありません。

いえ、正確に言うと、遊んでばかりではなかったのです。キリギリスは自分が得意なこと(歌を歌うことだったのですが)で、みんなに注目されたい、またそれで喜んでもらって食べ物をもらったりなどすることができないか、チャレンジしていたのでした。

はたから見たら、歌を歌ってばかりで、アリみたいにせっせと働いてはなかったので、そうは見えなかっただけで、キリギリスはキリギリスなりに、自分の夢に向かって挑戦していたのでした。

しかしなかなかそれは実らず、食べ物が少ない状態で、冬になってしまいました。冬になると食べ物はほとんどありません。

ほとほと困ったキリギリスは、食べ物がありそうなアリの家を訪ねました。

しかしアリはキリギリスに食べ物を与えることなく、バタンと家の扉を閉めてしまいました。

雪が降ってきました。手足は痺れ、お腹と背中がくっつきそうです。

疲れてもう歩けなくなりました。お腹がペコペコです。ここまでかと、キリギリスは絶望しました。

あの時、歌を歌う夢を諦め、アリのように毎日働けばこんなことにはならなかっただろう。自分は大馬鹿者だったのだろうか。

しかし、キリギリスの頭には走馬灯のようにこれまでの人生が浮かび上がってきました。

歌を歌って、お客さんが喜んでくれた様子。

全然お客さんは来ないのだけれども、それでもキリギリスを慕ってその様子を応援してくれたお客さん。

決して多くの人を喜ばせられたわけではないけれど、片手で数えられるくらいの人は、自分の好きなことで喜ばすことができた実感がありました。

とりあえずまだ自分は生きている。もう少し雪を凌げられる場所に行って、今日をなんとか乗り越えよう。ちょっと歌を歌うことに今年は集中しすぎてしまったから、来年はもう少し働いて、食べ物を得られるように反省しよう。

よいしょと腰をあげ、歩き出そうとした時、なんとよくキリギリスの歌を聞きに来てくれたバッタが現れました。

「キリギリスさん、大丈夫かい、こんな雪の日に」

「バッタさん、君こそどうしたんだい」

いや実はと言って、バッタが先を続けました。

「周りのみんなからキリギリスさんが食べ物がなくて困っていそうだという話を聞いてね。それで助けに来たんだよ」

実はキリギリスは歌を歌うだけでなく、心の根っこには誰かの役に立ちたい、困っている人を助けたいという気持ちがあったので、人助けをよくしていました。それもあってか、みんなからは慕われていたのです。

バッタに引きつられ、なんとかキリギリスは食べ物にありつけました。

キリギリスはバッタに感謝すると共に、もっとみんなの役に立とうと思いました。

そして自分の好きな歌を続ける決心は変わらず、また来年も頑張ろうと思って、年を越したのでした。

おしまい。

by
関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です