第4部 第1章 人間と猫。みらいと今。

人間と猫

ある街に、ダーヨという占い師がいた。

昔は王国お墨付きの大臣で、その有能ぶりを買われ、王からも絶大な信頼を置かれていた。

しかしなぜかダーヨはしばらくするとその身分を捨て、王宮を離れた。そして街の一角で、占いを始めたのだ。

占いと言いつつ、その人のビジネスや人生のアドバイスをし、それが的確で役に立つということで売れっ子占い師となっていた。

そして、ダーヨに相談をしに来て、そのままダーヨの考えに陶酔し、弟子として雇ってもらうことになったのが、チョンサという男である。小太りな彼は無害な男で、とりあえず周囲に対し優しかった。しかし自分を主張するのが苦手で、なかなか自分のビジネスを成功できずにいた。

そんなチョンサだが、誰にも持っていない特殊能力を持っていた。

ダーヨの元で働くようになって数週間が経ったある日のことである。

チョンサはボーとしながら道を歩いていた。

その道の横にある家の屋根に、三毛猫が気持ちよさそうに寝ていた。

その猫はムネマというオス猫であった。ムネマは気持ちよさそうにゴロゴロと、暖かい日差しの中、屋根で寝ていたのだが、うっかりとその屋根から転げ落ちてしまったのだ。

屋根から落ちたムネマと、とぼとぼと歩いていたチョンサがちょうどぶつかってしまった。ゴチンとこれまた痛そうな音が鳴り響いた。

「いてててて・・・」

チョンサは思わず尻餅をついて、頭を撫でた。

すると、こんな怒号が聞こえてきた。

「ったく何してんだよ、痛えじゃねえか!」

すみません・・・と謝ろうとしたが、そこにはチョンサと同じく頭を手で抱えた三毛猫がいるだけで、人の姿は見えなかった。

「あれ、どこかで誰かに怒られた気がしたんだけど」

チョンサが不思議がりながら辺りを見回すと、猫がこっちを見ながら、なんと喋ったのである。

「だから痛えって言ってるだろうが。どうしてくれんだよ。ってあれ、なんでおれ、人間と喋ってるんだ?」

世の中不思議なことがあるもので、ぶつかった拍子に、なんの因果か、人間と猫、お互いの言葉がわかるようになってしまったらしい。

猫と話ができる、これがチョンサの特殊能力となった。

将来が不安なお客さん

この日も占い師ダーヨの元には相談をしに、お客さんが来ていた。

チョンサがやることは、お客さんにお茶を出したり、事務所の掃除をしたり、ダーヨからお使いを頼まれたりという雑務を主にこなしていた。

お客さんが帰って、一息つき、チョンサはダーヨにお茶を出してあげた。

「お疲れ様でした、ダーヨさん」

お茶を受け取ると、ムスッとした顔をしながらも、

「ありがとうございます」

と言って、お茶を少し口に含んだ。

「今日はどんなご相談内容だったんですか」

興味を持ったチョンサはダーヨに聞いてみた。

「今日ですか、今日はどちらかというと心の問題で、自分の将来が不安だというものでしたね。よくある話です」

また一口お茶を含んだ。チョンサも自分の未来が不安であった。今はダーヨの元で働いているが、この後どういう人生プランでやっていこうか。

「先ほどの方が言うには、今の仕事に別に不満はないが、どうもパッション溢れるような形で熱中できていないようです。それもあって、スキルの向上もあまり見込めていないようです。それをずっと続けて自分は幸せになれるかどうか、不安なようです」

「ダーヨさんはどんなアドバイスをされたのですか」

チョンサはそういった漠然とした不安の相談に、ダーヨがなんと答えるか興味があった。

「私からは、まず今仕事があることに感謝した方がいいんじゃないかと言いました。あの方が言うには、ご自分の興味がある分野があるそうなので、それを隙間時間を使って極めて、それを自立できるようになればいいのでは、とお話ししました」

確かにそれはそうなのだが、本当にそんなことができるのか、懐疑的であった。

日中は仕事をしっかりやって、今の基盤は継続させる。そして空いた時間を使って自分の好きなことをしてスキルを磨く。そして磨き切ったら、自分の好きなことにシフトさせる。確かに非の打ち所がない戦法だが、チョンサの心は晴れなかった。完璧すぎて何か釈然としないのだ。

「先まで考えすぎなのさ」

お昼の休憩時間となり、チョンサは事務所を出てプラプラと街を歩いた。

そして三毛猫のムネマと会った。

「おう、チョンサじゃねえか」

この言葉を発したのは人間ではない、猫のムネマである。先ほど言ったようにぶつかってから、お互い猫語と人間語がわかるようになってしまったのである。

「やあ、ムネマさん、お疲れ様です」

チョンサはお人よしだが、まさか猫にまで敬語を使うとは。もう敬語を使うのがデフォルトになってしまっているのである。

「どうした、浮かない顔をして」

いや、、、と言いながら、チョンサは先ほどダーヨが面談したお客さんの話をした。

「ふうん、将来の話ねえ。なんか人間って、本当にいちいち悩むよな」

「ムネマさんはあまり悩まないのですか」

猫のムネマは地面にゴロゴロと横になりながら、面倒くさそうにチョンサに言った。

「そもそもおれたち猫はお前ら人間ほどは生きられない。人間は長生きしすぎなんだよ。だからあんまり何十年も先のことを考えたりはしない。今日、どれだけダラダラと生きられるか、美味しい飯が食えるか、それだけなのさ」

そう言うと、ムネマはあくびをして、さらに伸びをした。そして気持ちよさそうに目をつむった。

その様子を見ながらチョンサはムネマを羨ましく思った。ムネマは野良猫だが、街に行けば残飯があったり、誰かから餌を恵んでもらったりと、食うに困っている様子ではなかった。

そしてお腹が満たされると暖かい場所を見つけてそこでゴロリと横になる。そして気持ちよさそうに寝ているのである。

それに引き換え人間は、あくせくと働き、顔に苦渋の色を浮かべ、毎日働いている。

人間が生物のピラミッドの頂点にいるのではなかったのか、どこかで逆転してしまってはいないかと、チョンサは懐疑的になった。

「まあ、あんまり悩みすぎるなよ、人間さん。今を楽しもうぜ」

そう言ってムネマは眠ってしまった。

今を噛み締める

家に帰って、チョンサは日記を書き始めた。これはチョンサの習性で、毎日日記を書くのであった。

「○月○日 晴れ

 今日、ダーヨさんの元にあるお客さんが相談をしにいらした。今の仕事に不満はないが、情熱がなかなかそそげないとのこと。このままこの仕事を続けることに将来の不安を覚えているとのことであった。

 猫のムネマさんは、人間は長寿すぎて、将来のことを考えすぎだと言っていた。確かに人間、考えすぎなところはある。

 一方ダーヨさんが言うように、隙間時間をうまく使って自分の好きなことでスキルを磨いて、ゆくゆくはそちらにシフトしていく方法もあるだろう。

 でもなんだかぼくは釈然としない。この釈然としないのはなぜだろう」

ここまで書くと、チョンサは家の窓を開け、涼しい風が入ってくるのを感じた。

ふとチョンサは気づいた。今、幸せだなと自分が感じたことに。

今日も日記が書けて、今涼しい環境に身を置けている。これって幸せなんじゃないか?

求めすぎるとつらくなる。今を大事に、というより、今を感じるという感覚がとても大事な気がした。

その時、窓の外からニャーという声が聞こえた。まさかムネマかと思ったが、それ以上は詮索しないようにした。

そして窓を閉め、床に入った。

今を感じる、今を噛み締める。それがとても重要な気がした。

以上

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