人生写真道6 どっちでもいいのなら、どっちを選ぶ?
今回は「選択の自由」的なテーマで話をしたいと思います。
右か左か、もしくはAかBか、どっちでも行って良い、選んで良いとしたら、あなたはどちらを選びますか?
そのくらいAとBとは大差なく、好きな方を選んで良いのです。
Aができなくても、そんなに影響はない
私は休憩時間を与えられると、意外に何をしようか、迷ってしまいます。
こんな休みの時間は珍しい。普段できなかったことをやろう。
まず最初の一時間で、あそこにいく。
お昼ご飯は、好きなあそこの店に行く。
なんでもかんでも詰めがちで、案外休めなかったりします。
でも実は、お昼ご飯に好きな場所に行けても行けなくても、そんなに大差はありません。
もし好きな店に行けなくても、将来ひどいことが起きるわけでもありません。
それなのに悲しい哉、私たちは少しでも自分の願望を満たせる方に行くのです。
できなくても、そんなに影響はないのに。
自分がいない世界線
昔の映画で、「素晴らしき哉、人生!」というものがあります。
主演はジェームズ・スチュアートで、ヒッチコックの「めまい」などに出演しています。
あらすじは以下となっています。
『或る夜の出来事』のフランク・キャプラ監督の名作。1945年のクリスマスイブ。住宅金融会社を経営しているジョージは度重なる不運で自殺しようとするが、そこへ天使が現れ、ジョージがいなかったときの世界を見せる。
おもしろい点は、主人公がいなかった世界線での出来事を、天使が見せてくれることです。
詳しくはネタバレになりますので言いませんが、意外に自分が素の気持ちで行っていた親切が、人々の助けになっていたということです。
そのため、自分がいない世界では、その親切が発生していないため、世界がひどくなっています。その差分を主人公が見たときに、自分がいる/いないでの差に驚きます。
自分って、意外と人の役に立っていたのではないか、と。
差分を感じる
大事なことは、この「差分」を感じるということだと思います。
「素晴らしき哉、人生!」では、主人公は、自分がいない世界を見ることで、自分の価値に気付きました。
冒頭の、好きなお店にお昼を食べに行く話も、行かなかった世界線を考えた時に、そんなに大差ないことに気付けば、自分の欲求に打ち勝つことができます。
比較することで人はどちらが良いかを決めることができます。
ちなみに、比較してもどっちがいいかを選べない時は、本当に差がない時です。
その時は好きな方を選んでしまえばいいのです、差がないのですから。
差がないなら、好きな方に飛び込もう。そういった思い切りも大事だと思います。
今回は以上となります。
ありがとうございました。











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