hikari

いやなことは、やらなくてもいいのか?

みなさん、こんにちは。

今日もブログを読みに来てくれてありがとうございます。

最近というか、ずっとこのテーマについて考えているのですが、それは「やりたくないこと、いやなことは、本当にやらなくていいのか」ということです。

逆に、「嫌なことから逃げてばかりだと、成長しない」という話もあるじゃないですか。果たしてどっちを採択したら良いのでしょうか。

結局はグラデーションで、どっちとも取れる中間点を模索すべきなのでしょうが、今、僕がやりたくないと思っている点を例に、このテーマについて論じていきたいと思います。

1ヶ月のまとめをするのが面倒くさい

ぼくの場合、毎月その前月にやったことを棚卸しして、レポート1〜2枚に書き起こしています。3ヶ月か4ヶ月かやりましたが、今、ぼくはこの作業をするのを面倒くさいと感じています。

ちょっと色気を出してその月で一番よかったTwitterでの投稿や、その月のおすすめなどをコラム的に作ってしまったので、それをまた作るのか、と思うと気が重いです。

ただこれを書いてて思いましたが、別にその形にこだわる必要はないんですよね。1ヶ月の振り返りをすることが目的なのだから、そこまで形にこだわる必要はないのでは、と思い始めて来ました。

住所変更の届けを出すのが面倒くさい

住所を変更した後の、カード会社や自治体に出す手続き書類が面倒だと感じています。もちろんですが、出し先によって提出フォーマットは違うし、何社もあると本当に面倒くさくて嫌だと感じています。

しかしずっと変更しないでいると、転送期間も終わってしまうので、やりたくないけどやらなきゃいけないと感じています。

1ヶ月のまとめをするのと、住所変更の手続きをするの、どちらも面倒くさいと感じていましたが、今ぼくの中で、まとめをするのはそんなに苦ではなくなって来ました。しかし住所変更をするのは相変わらず面倒くさいと感じています。この違いはどこからくるのでしょうか。

多分それは自分へのメリットの大きさなのではないかと思います。

1ヶ月のまとめをすると、振り返りになりますし、今まで自分が頑張ってきた軌跡を感じることができ、充実感があります。また次の1ヶ月、何を目標に頑張っていけば良いのかが明確になります。

一方、住所変更はあまり自分にメリットがないと感じています。おそらく送られてくる郵送物に価値を感じていないでしょう。ぼくの中にあるのは、変更しないと相手方に迷惑がかかるだろうという義務感だけです。この義務感だけだと、なかなか人は積極的に動かないのかもしれません。

義務感とは

それではこの義務感というのはなんなのでしょうか。

仕事であれば、

  • 相手へのレスポンスは早く”しなければならない”
  • 相手に迷惑をかけては”いけない”
  • 成果を出さなければ”いけない”

なんだか「しなければいけない」という義務感のようなものをビシビシと感じます。

一体全体この「義務感」の正体はなんなのでしょうか。それは、「これをしないと悪いことが起きる」という予感なのだと思います。

今までの経験上、これをやって来たから成果が出ている。逆にこれをしなくなると成果が出なくなる。だから”しなければならない”。こういう論理展開なのではないでしょうか。

例えば農家さんで、米を作っていて、今までこういう育て方をして来たからうまく育ってきた。逆にその手法を変えればまた成果が出るとは限らない。それは嫌だから、今までの手法を踏襲していかなければ”ならない”。こういった形です。

これははたもすると、せっかく築き上げた現状を壊さないようにする「予防策」とも言えます。今まで築き上げてきたレンガの城をそのまま維持するためにはこれとこれをしなければいけない。そうしないと城は崩れてしまう。だからやらないといけない。

こう考えていくと、現状維持の策の一つが、「義務感」なのではないでしょうか。そうなると、義務感に基づいて行動することによって、何かを得られている(=今を維持できている)ということになります。

しかしそこで考えた方がいいなと思うのが2つあって、1つは本当にそれをしているから、その結果が出ているのかという因果関係です。

お米がうまく作れたのはこういう水のまき方をしたからだと信じていても、実際はそこは関係なくて、天候によるものかもしれません。ただそれがたまたま重なったから、水やりのおかげだと勘違いしているかもしれません。

ですから、本当にその成果はその手法によって生み出されているかは逐次検証する必要があります。

そして2つ目は、本当にその成果を得たいと思っているかです。もし今自分がすごく無理して頑張っていて、今の生活を得ていたとして、それが本当に自分が求めているものなのかということです。

それを確認するためには、今自分はどうありたいと思っているのかを自分に問いただす必要があります。そしてその未来像が今とかけ離れているのであれば、その手法は間違っているということになります。方向転換をしなければなりません。

しかしこんなことを書いておきながら、現状を変えるというのは非常に恐ろしいことです。今立っている床の底が抜けて奈落の底へ落ちてしまうのではないか・・・。そんな思いに掻き立てられます。

しかしそれは普通のことです。今はある程度落ち着いて安定しているのでしょうから、わざわざその安定を捨て、未知なる部分に行くなんて、ちょっと変わってますよね。

普通、動物はわざわざリスクを起こさないと思います。今が平和であればそれを続けようとします。しかしぼくみたいな人間は少し違って、安定が続くと、逆に気持ちが不安定になってしまうんですよね。「本当にこのままでいいのか」「もっと良い方法があるのではないか」なんて思って、いろんなことにトライしてしまうわけです。

本来、生存していくためには、安定しているのならばそれを維持すればいいのに、ぼくみたいにトライしてしまうのは異分子なのだと思います。しかしまあ100人いて1人くらいこういう人間がいてもおもしろいのかなと思います(笑)。それが今後の人間にとってもしかしたらプラスになることがあるかもしれません。

結論

今までつらつらと書いて来ましたが、結論は以下のようなことです。

  • 結局自分がどうありたいかを考える。そのための手法をちゃんと今取れているのかを確認する。
  • もしありたい姿と今が違うのなら、手法を変える。今に固執する必要はない。
  • 現状を変えるのは怖い。今が平穏であれば尚更。でもそうやってチャレンジしていくことも少しは必要。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。もし感想がありましたら、お願いいたします。

2022-08-13|
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