第4章 人生とはなにか
前回までのあらすじ
タール村に住む、心優しい青年クウ。彼は皮製品を売る仕事をしていたが、徐々に自分の仕事の意義を見いだせなくなっていた。
そんな中偶然出会った教師のケーに、自分の好きなことをまずは見つけることを教わる。最初の頃は半信半疑であったが、徐々に自分の好きなことを見つけ、それを継続することを決める。
あるべき姿とのギャップに苦しみながらも、そんな自分を受け入れることを、ケーとのキャンプの中で掴み取る。
今回は、普段の仕事場にいるようだが・・・?
うまくいかない仕事
「はぁ・・・」
つい、クウはため息をついてしまった。それもそのはず。仕事が全然うまくいっていない。
クウは皮製品を売る仕事をしていた。コンコルド街という街の、「チョウリ」というのが彼の職場だ。そこで職人から皮製品を受け取り、それを近くの村に売りに行っていた。
今回の仕事はよくチョウリの皮製品を買ってくれるお得意様とのものだ。しかし超短納期で皮のブーツを100足作って欲しいというオーダーであった。お得意様はその100足のブーツを、お得意様のところにくるお客さんに渡したいというのであった。
さっそくそれをチョウリの職人に伝えると、職人はすぐにムッとした顔になった。100足のブーツの注文はチョウリにとってはありがたいものだが、職人の数は決まっているので、職人の負荷が高まるだけだ。なんとか職人をなだめすかし、やっとタール村に帰ってきたところであった。お得意様と職人の間に挟まれ、クウはすっかり疲れてしまった。
それ以外にも、誰もやらない仕事を、代わりにクウがやったが、苦手な分野だったこともあり、ミスもしてしまった。そのミスのリカバリーもクウの仕事の負荷を高めた。一人で頑張り、それで精神的にもヘトヘトになってしまった。
そして休みになったその日、クウはケーに相談するため、またあの小川に向かったのであった。
占い師、ダーヨ登場
しかし残念ながらいつもの小川にケーの姿はなかった。それはそうだ、別に会う約束をしているわけではないし、会える方が奇跡に近い。
そりゃ当然だよな・・・と思い、少し歩き、タール村に戻ってきた。そしてタール村の広場のベンチに腰をかけた。
ベンチは二つあり、クウが腰掛けたのは左のベンチだ。右のベンチには男が2人座っていた。
一人はクウよりも2回りくらい年齢が上で、ひょろっと細長そうな男性だ。少し神経質そうな顔をしており、ソワソワしている。その男性がもう一人の男に話しかけている。
「いいですか、この仕事は絶対さっき言ったようにした方がいいと思います。あとはあなた次第です」
その男性は一見ソワソワしていて落ち着きのなさそうな風体であったが、言葉は非常に熱がこもっていて、心強い印象だ。少し話をして、もう一人の男性は去っていき、そのソワソワしているが、声には熱がこもっていた男性が一人残った。
周りにはクウとその男性しかいない。クウは口を開いた。
「なにかお話をされていたようですね。どんな話をしていたのですか」
クウは思い切って聞いてみた。いつもはこんな立ち入るようなことはしないが、その時はなぜか聞いてしまった。仕事で疲れてやけっぱちになっていたのかもしれない。
男性も口を開いた。
「いえ、別に・・・仕事の話をしていただけです。僕がこういうことをしたら絶対あなたのためになるということを、説明していたのです」
その男性はそう説明した。そして自己紹介をし始めた。
「私の名前はダーヨといいます。占い師です」
「占い師?」
なんだか変な人に話しかけてしまったか・・・。即座にクウは後悔した。占い?なんのことだ。
「そうです、占い師です。私は人を見ると、その人の運気がわかり、その人の今までの人生、そしてこれからの人生が手にとるようにわかります。」
ダーヨと名乗った男性の目は真剣であった。クウは思った。もしかしたら頭がおかしい人なのか。しかしちょっと興味もあった。
「占い師の方が、なぜ仕事の話をしていたのですか」
先ほど、ダーヨは仕事の話をしていたと言っていた。どうしてもクウは占いと仕事が結びつかなかった。
「詳しくは言えませんが、占いで見えた未来から、あの人の仕事へのアドバイスをしていたのです」
キッパリとダーヨは言った。なるほど、占いで仕事のアドバイスをしていたというわけか。
「それにしても、あなたは・・・だいぶ悩んでいるふうに見えます。あなたも仕事の悩みですね。本当に、最近は仕事の悩みを持つ人が多い」
「わかるんですか?」
驚いてクウは聞いた。もしかしたら元気がない雰囲気を察知して、ダーヨは言っただけかもしれないが、クウは純粋なので、ダーヨの言うことをそのまま受け止めた。
「ぼくはクウと言うのですが、仕事がうまく行っていなくて。好きで始めた仕事ではあるんですが、ものすごく得意なわけでもないから、日々頑張りすぎて疲れてしまうんです」
クウはため息をつきながらそう話した。
「ふうん。まあ、目を輝かせながら仕事をしている人の方が少ないと思いますけどね。まあいいでしょう。何かの縁ですから、ちょっと占ってあげましょう。私の目を見て、右手をこちらに差し出してください」
そういうと、泳ぎがちだった目を、じっとクウの方に向け、ダーヨは黙った。
クウは恐る恐る右手をダーヨに差し出した。そしてじっとダーヨの目を見た。
何分くらい経ったであろうか、もういいですよと言うダーヨの声でクウは我に帰った。
「うーん、そうですね。クウさん、あなたには決定的に足りていないものがあると思います」
「えっ、それってなんなんでしょう」
クウは思わず聞いてみた。ダーヨは無表情な顔で言った。
「ずばり、”主人公感”です」
「主人公感?」
聞いたことのないフレーズであった。主人公感?主人公である感じ?どういうことだろう。
「正直言って、あなたからは自分がこうしたい、こうするんだという強い気持ちが感じられません。なんとなく波風立たせず、平和に生きていきたいという雰囲気を感じます。この世はそんなに甘いものではありません。波風荒れ狂う大海です。そんな気持ちでは、周りの強い勢いにたちまち流されてしまいます」
ダーヨの言葉は歯に衣着せぬもので、痛烈であった。正直クウはカチンと来た。なぜ見ず知らずの怪しい占い師にこんなコテンパンに言われないといけないのかと。だが、ダーヨの言っていることに反論できない自分がいることを知っていた。
そうなのだ。クウには人を蹴倒してでもなにかやってやろうというそういったハングリー精神はなかった。どうしても人のことが気になって優しくしてしまう。だからなかなか自分の意見を突き通すのができなかった。
「確かに、ダーヨさんの言う通りです」
沈んだ気持ちでクウは言った。ダーヨは少し間を置いてから話した。
「ですが、それが全く悪いことだとは思いません。優しさは人生の上で重要です。しかし人のことに気を遣いすぎてしまうと、あなたの人生なのに、あなたが傍観者になってしまいます。やはり自分の人生ですから傍観ではなく、主役としてスポットライトを浴びたいのが、人情というものだと思います」
ダーヨはそう言い切った。ダーヨの言葉は辛辣なものも多いが、芯をついているというか、外見のソワソワ、ナヨナヨした感じとは真逆で、非常に言葉は強いものがあった。魂が乗っているというべきなのかどうか。
「さて、占いはここまでです。私はこう見えて、忙しいのでね」
そういうとそそくさと、ダーヨは帰ろうとした。そして最後に振り返って目を合わさずに言った。
「私ははっきりという性格なので、もし気分を害されたらすみません。ただこういう性格なので、取り繕うことができないのです。そのためか友達も全然いません。まあ友達なんで数人いれば、十分ですけどね。それでは」
そういうと、ダーヨは帰って行った。
そこからしばらくクウは広場のベンチに座って、ぼーと考えていた。
主人公感。占い師と名乗ったダーヨはそう言った。それがクウからは感じられないと。確かにクウは人のことばかり気を遣って、自分を隅に追いやる傾向がある。多分本当は目立ちたいのに恥ずかしがって、舞台の脇の幕にそっと避けてしまうのだ。
そうではなくて、自分を主役に、自分の人生を取り戻す。その必要性があるのかもしれない。そうクウは感じた。
そう考えていると、最初、ダーヨと話をしていた男性がベンチに戻ってきた。見ると、ベンチにハンカチが残っていた。どうやら忘れ物をしたようだった。
「あなた、さっきダーヨさんと話してました?」
忘れたハンカチをお尻のポケットに入れながら、その男性はクウに質問した。クウは話してました、と答えた。
「実はハンカチを忘れたのは結構前に気づいていたんですがね、あんまりあなたとダーヨさんが熱心に話していたので、なんだか水を差すような気がして、しばらく様子を伺っていたんです」
それは悪いことをした。クウはその男性に謝罪した。
「いえ、それはいいんですがね。それにしてもあなたラッキーでしたね」
「えっ、何がですか」
「ダーヨさんと話ができてですよ。あの人は今は占い師なんて名乗っていますが、昔はこの国の大臣として、この国の中枢にいた人なんです。斬新なアイディアでさまざまな国の問題を解決して、王からも信頼を寄せられていた人なんです。ちょっといろんなことがあって、今は引退して、なぜか占い師としていろんな人にアドバイスをしているんです」
そんなすごい人だったのか。素直にクウは驚いた。単なるおどおどしたおじさんではなかったのだ。確かに外見とは裏腹に、言葉には重みと説得力があった。
クウはその日は家に帰り、次の日の仕事の準備をすることにした。
主人公感を取り戻す
次の日の日常から、クウは”主人公感”を意識するようにした。自分を中心におき、いろいろなことに立ち向かってみた。
納期が逼迫しながら職人とコミュニケーションを取り、皮のブーツ100足を用意する仕事は、別に自分は悪くないんだと自分に言い聞かせ、ゲームのようにお得意様と職人とコミュニケーションをしてみた。
するとおもしろいことに、あんなに辛くて楽しくないと思っていた仕事が楽しくなり、前向きに仕事に取り組めた。自分がミスをしてしまった仕事も、どうすればこれをクリアできるかというゲームだと思い取り組むと、解決できた時が快感で、楽しくなってしまった。
ダーヨの言っていた、主人公感を取り戻すというのは、こんなに重要なことだったのかとクウは痛感した。
それからダーヨのことは噂にしか聞かない。どうやら占いという名のアドバイスをいろいろな人にして、感謝されているようだ。評判も上々らしい。またどこかで会いたいとも思うが、もしかしたら会えないかもしれない。
でもそれでいい。人づてに噂は入ってくるし、元気そうなら尚よしだ。クウは大切なメッセージを受け取れたことを、ダーヨに感謝した。人生とは、自分が主役の舞台なのかもしれない。
クウは、「主人公感」を取り戻した!
以上

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