子育て写真道8 人からの評価より、なにをしたいか

みなさん、こんにちは。

子育てと写真をテーマに書いている「子育て写真道」も8回目。今回でこのテーマに関する話としては最後となります。

ここで今までどんなテーマで書いてきたのか、振り返りたいと思います。

第1回:余裕を持つことの大事さ

第2回:100%注ぎ込むのではなく、半々くらいで丁度いい

第3回:がんばらない

第4回:継続の大事さ

第5回:最悪を想定して動く

第6回:家族が無事で満足する

第7回:まっ直ぐ対峙する大事さ

このような内容で話をしてきました。

総じて、

・あんまりがんばらない
・余裕を持つ

ということをお伝えしたかったのだと思います。

最後のメッセージとしてはこれらを総称した形となりそうですが、それは「満点でなくていい」ということだと思います。

満点主義をやめる

これは第6回目の「家族が無事で満足する」にも似ていますが、私たちはとかく幼少期から、100点であることを求められてきました。

この考え方自体が悪いわけではありませんが、行き過ぎると、100点ではない自分に価値がないように感じてしまいます。

赤点はダメ、満点がいい。これが頭の中で巣を作ってしまうと、満点ではない自分を否定してしまう思考が働いてしまいます。

これは学校という枠組みを外れ、社会に出た時にも発露してしまいます。

優秀な成績を上げられる社会人がよし。それ以外は価値がない。そんな極端すぎる思考で動いてしまうのです。

そしてこれは周りの人間にまず向けられます。あの人は優秀、この人は優秀じゃないと自分の価値観の定規を使って、人々を査定します。

その次は目標が自分に向いてしまいます。自分の定規に合わせた時に、今の自分は何点なのか。

そしてその点数が下がってくると今の自分自身が許せなくなってきます。

どうして自分はこんなにできないのか。周りの人と比べて遅れを取っていると。

周りの人と比べるのは、あくまで自分自身を高めるために行うはずなのに、その評価を高くすることが目的になってしまうのです。いわゆる手段の目的化です。

そして結婚して子どもができたら、当然ですが、独身時代と比べ、子育てや家事に時間を割く必要が出てくるため、仕事にかけられる時間が相対的に少なくなります。

そうなったとき、前と比べて時間が少ないため、パフォーマンスが一時的に落ちます。その落ちた自分が許せないのです。その時大きなストレスを感じることになります。

しかしそんなストレスを感じる必要はないのです。できないものはできないし、客観的に見ても、仕事も子育ても完璧にできる人間なんていません。

もし完璧にできている人がいても、そうは見えているだけで、できてないところもきっとあるはずです。

もし仮にいたとしてもその水準に皆が行くことは到底不可能です。できる方が少数派なのです。

多くの子育て世帯は、そんな超人になる必要はありません。子育てをするのだからパフォーマンスは下がる。それが当然です。そこは客観的に見ても、当然のことだと思います。

写真には満点がない

こと写真について言えば、満点の写真というのは存在しないと思います。そこがおもしろいところなのですが、点数をつけるのであれば、その基準が必要です。どうすれば100点かというテストの基準が必要なのです。

その基準を設けることはできるでしょう。構図が良いとか、色彩が綺麗だとか、そもそもクライアントがいるのであれば、その要望に叶っているかなどです。

十人集めて競争させれば優劣はつくでしょう。そこに基準が確かに存在するからです。

しかし満点となると難しいです。もしかすると採点側が予想だにしない写真を提示してくるかもしれません。

これは絵画にも言えるかもしれません。かの有名なモナリザは満点でしょうか?ゴッホのひまわりは満点でしょうか?ゴッホのひまわりなんて、ゴッホが生前の時は全くその価値が認められず、これだけ有名になったのは彼の死後のことです。

基準があり、見る人が違えば点の付け方も変わってしまうのです。それに一喜一憂するのは違うと思います。

もちろん周りからの評価を得ることは、社会的に生きていく上で必要なことです。しかしそこだけに執着するのではなく、自分が何を表現したいのかを固めて世間に発表していく。そういった活動が必要だと思います。

子育ても写真も人からの評価を求めるのではなく、自分でやりたいことを完結させる

まとめると、こういうことかなと思います。もちろん人から一定の評価を得る行動をするのは当然ですが、それと同時に何を自分がしたいのかを決めていく。

子育てであれば、子どもにとって何をしてあげたいか、それを考えます。

私の場合は彼らが大人になった時、世の中っておもしろいな、生まれてきてよかったなと思ってもらうことです。そのための手段として学校に行かせたり、勉強をしたり、習い事をしたり、身体面を鍛えたりなど、してもらっています。

写真について言えば、私は写真を通して何かを表現したいと考えています。しかし今はまだそれが何か自分の中でわかっていません。ですから今はまず自分が興味あることを、片っ端からやってみています。

もうそろそろ40代に差し掛かる年齢なのですが、40代もまず前半くらいまでは、自分の興味ある分野をまだ続けたいと考えています。

次週からのブログのテーマ

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。これを読んでくれたみなさんの、何か参考になれば幸いです。

次週からは、もうちょっと考えの枠組みを大きくし、「人生」と「写真」をテーマにブログを書いていきたいと思います。

私が最初ブログを書き始めたのは2016年なのですが、その時も「人生とは何か」、「なぜ生きるのか」、「仕事とは何か」といった、かなり大きな枠組みでの話でした。

そこに戻るわけではないのですが、一旦その大きすぎるテーマに戻りたいと思います。そして今回は「写真」のジャンルをうまく掛け合わせることで、自分としてもう少しこの大きすぎる強敵たちに一矢報いれるよう、せっせとまた書いていければと思います。

もしよろしければ、次週以降もお付き合いください。

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

以上

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