(115) 存在理由について
なにか悩みを抱えて、夜な夜なググってしまうのは、現代人のあるあるだと思う。
そこで、かなりの人が見ているブログとして、仙人と魚が話をしている絵を用いて、人生の悩みを解説しているブログを見たことがある人も多いだろう。
そう、「名無き仙人」である。
ブログだけではなく、実はYouTubeもやられていて、本記事の最後に載せた動画が、非常に自分の役に立った。
それは、役に立たなきゃいけないとか、無価値なことであることとか、勝ち組・負け組とか、人間の価値観に関する話であった。
しかしこの価値観たちであるが、人間が勝手に良い悪いのレッテルを貼り、生きるのに役立つかどうかをジャッジする判断材料としてつけているだけで、この世界から見たら、正直どちらでも良いことだ。
世界というと地球を考えてしまうので、もっとスケールを大きくして、宇宙と捉えた方がイメージがしやすい。例えば地球を含めた銀河系の宇宙の中で、正直人間が、うんうんと悩むことなんて、恐ろしくどっちでもいい話だ。
今日のご飯を何にするべきか、とか来週から始まる仕事が嫌だとか、自分の趣味の話とか、宇宙からしたら、そんな個人の悩みなんて、知ったこっちゃないだろう。正直そんなことどっちでもいい。
146億年の宇宙の歴史の中で、そもそも人が生きる100年間なんて、一瞬だ。146億分の100は、1.5億分の1だが、これは、0.00000001%だ。
(不思議な例だが、これは日本の中で自分が一人だけ選ばれる可能性と近似している。もし、日本人が宇宙誕生から存在したとし、一人しか存在できず、一人の天寿を全うしたら、次の人が生まれるような思考実験を行った場合、自分の番が最終であるとした時、宇宙の歴史と日本人の歴史が近似するのは不思議である。それほどの日本の人口の多さには驚いた。本当に多くの人が日本に存在する。世界となれば尚更だ。宇宙の歴史を越える)
それでもぼくたちは、自分の判断や存在の小ささに驚きしつつも、自分の大事なもの、コアなものは守りたいと願う。それでもあまり固執することなく、どんどん手放して良いものだとは思うが、いずれにせよ、もっと手放して、自分の悩みは解放し、「宇宙から見たらどっちでも変わんないよな」と、悩みを一蹴できる存在になっていくべきなのではと思う。
<参考文献>
https://www.youtube.com/watch?v=K8MflJeBTLM
以上。
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