(126) 子育てする理由
今日は久しぶりに、子育てに関する記事を書きたいと思う。
子どもを育てる理由と聞かれて、
・それが親の責任だから
とか
・大人としての責任
とか、そういう責任に絡めて回答する人が多いのではないかと思う。
そもそも別に理由なんてなくて、自分の子どもなんだから育てるのは当然だろうという人もいると思う。
よく、子どもが成人したり、結婚したら親としての務めを果たした、と思う人もいると思う。
その中で自分はありがたいことに子どもがいて、彼らを育てる理由は何かと聞かれて何と答えるか、かなり長い間考えていたと思う。
子どもができると、独身時代や、夫婦二人きりの時とはまるで変わる。
子どもが中心の生活となり、夫婦間もそれぞれの役割に基づき、恋人同士の時のようにはいかない。(当然、子どもが生まれる前と変わらないという認識の人もいるだろう)
自分の自由に使える時間は限りなく少なくなり、共働きであれば、仕事への影響も出ざるを得ない。
仕事もやり、育児もやり、家事もやり、雀の涙くらいの少ない時間中で、自分の好きなことをする。そういう時間の過ごし方をすると、子育てとは本当に大変なことなんだなぁと思う。
そんな中、ふと疑問が湧いてくる時がある。どうして自分はこんなに頑張って、子育てをしているのだろうと。
子どもも結構正直だから、嫌な時は嫌と反抗してくるし、保育園のおくりから、ご飯を提供しても文句を言われ食べなかったりとか、友達同士の付き合いとか、パパ友、ママ友の付き合いとか、学校関連の諸々とか、本当にやることがたくさんある。
そういった大変なことをしつつ、仕事をしていると、やはりこの疑問が出てくる。なんで自分はこんなに頑張って、子育てしているんだろうと。
今まではそれが親の仕事だからと思っている節もあったが、やはり子どもの顔を見ているとそれとは違う気がする。
自分が子育てする理由は、彼らのことが好きだからだ。
自分の子どもたちのことが好きでしょうがない。友達みたいというと、親の自覚がないと言われそうだが、実際に仲の良い友達と付き合っている感覚に、ぼくの場合は近い。
もちろん親としてのしつけなどは意識して行うようにはしているが、通常時は友達といる感覚で接している。
彼らといると楽しいし、すごく仲の良い友達だ。友達といるのに理由なんていらない。
ぼくの場合、彼らを過ごしたいから過ごしている。それで十分だし、十分すぎる気もする。
以上
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