(142) 正解を求める男

あるところに、正解ばかりを求める男がいた。

その男は、物事が合っているのか、間違っているのかということを非常に気にしており、間違っていることを極端に嫌うのであった。

そこに旅人がやってきた。旅人は多くの土地を旅しており、色々な人を見てきていた。

「こんにちは」

旅人は正解を求める男に声をかけた。

「こんにちは」

男は答えた。

「こんにちは、と今おれは答えたが、この回答で合っていたのだろうか。そもそも挨拶を返す必要があったのだろうか。またこの挨拶の仕方で合っていただろうか。おれを気品ある男として、この旅人は捉えてくれただろうか」

正解を求める男はぶつぶつと独り言を言い出した。

「何をぶつぶつと言っているのですか。そんな不安そうな顔をして。」

「おれは不安そうに見えるか?」

「ええ、そう見えます。非常に不安そうです。誰かからの評価を気にしてそうです」

そういうことを見ず知らずの旅人に言われて、さらに心細くなり、前よりも増してそわそわし出した。

「あなたは人からどう見られるかが、気にならないのですか」

正解を求める男は、敬語でそう旅人に聞いた。

「そりゃあまったく気にならないと言えば嘘になります。ただそんなには気にならないですね。旅をずっとしていくうちに、いろんな人と会い、自分がどう思われるかなんて、あまり気にならなくなりました。そもそも旅を続けるからずっとその場所には留まらないですからね。すぐ違う土地に行くので、あまりそこでの評判など、気にならないのですよ」

正解を求める男は、この旅人のことをうらやましいと思った。おれも、人からの評判を気にせず、一人で独立して生きたい。

「あなたはくるしんでいますね?」

ずばり旅人は聞いた。そして正解を求める男は、黙って頷いた。

「おれはもっと自分に自信が持ちたいんだ。誰かから何を言われてもへっちゃらなくらい強固な精神が欲しい。でもそれがないから、いつも誰かからなんと思われるか気にしてしまうんだ」

正解を求める男の目に、涙が浮かんでいた。

「どうしてそう思うのですか?」

旅人は聞いた。旅人は昔は自分はどうだったのだろうと、記憶を巡らせた。そうだ、自分もなにか自分にしがらみがあるように感じて、それが嫌で、何もかも捨てて旅に出たのだった。しかし旅人にも迷いがあった。このまま旅を続ける人生で良いのか。どこかに留まり、定職を得た方がいいのではないのか。自分もそろそろいい年だ。いつまでも遊んでばかりはいられない。

いくばくか、会話が止まった。

旅人は腰を上げ、後ろを振り返った。

そこには自分が歩んできた道があった。もう何年も旅をしてきた。その道があった。合っているか間違っているのかなんてわからないが、そこには時間があった。そして旅の思い出と、旅に出ようと思ったきっかけがあった。旅人は再び口を開いた。

「ぼくは何かから逃げたくて旅に出たのだと思います。あなたは悩みながらも懸命に生きようとしている。それはすばらしいことだと思います。それだけは言えることだと思います。あまり思い詰めないでください。きっといいことがあります」

そう言って、正解を求める男に少し目配せをして、その場を立ち去った。

正解を求める男は久しぶりにいい会話ができたなと思った。なんとなく自分が考えていたことを話すことができた。すっきりした気分だった。

また旅人の姿が遠くだが見える。彼はこれからどうするのだろうか。まだ旅を続けるのだろうか。それともどこかで落ち着くのだろうか。それはわからない。そして何が合っていて、何が間違っているかなど。

「さあてと」

冬になり、夜が訪れるのが早くなった。明日の準備をしよう。そう思って、男は家に帰って行った。

おわり

タイトル「かげ」

立っていれば影ができる

それは自分がいるという証

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