3.6章 みんなのヒーロー ワガママン

ここはタール村にある、唯一の図書館。建物には良い光が入り、周りは自然に囲まれている。

その図書館には、優しそうな館長と、肝っ玉母ちゃんのような司書のゴシカがいつもいる。近くの学校からは物静かなスイスイという女の子がよく来ていた。

今日はそんな図書館にある、一冊の本を読んでみよう。

ワガママン、参上

「はあ、もうどうにかならないかしら・・・」

そう言って母親は頭を抱えた。先程自分の子どもとケンカをしてしまい、子どもが部屋に閉じこもって、もう一時間ほど出てこないのだ。

母親の子どもは六歳。色々と物事を知って、生意気になる時期だ。子どもが全くおもちゃの片付けをしなかったので、少しきつめに叱ったら、「なんでそんなこと言われなきゃいけないんだ!」と逆に怒ってきて、プンスカしながら部屋に行って、閉じこもってしまったというわけだ。

母親も用があって、そろそろ出かけなければならない。子どもにも準備をさせて早く家を出たいのだが、部屋の鍵を閉められてしまい、無理やり連れていくこともできない。

あきらめの気持ちと焦りが入り混ざり、強いストレスを感じ、自然と貧乏ゆすりをしてしまっていた。

そんなとき、あのヒーローが現れた。

「大丈夫ですか、奥さん」

颯爽と現れたその男はヒーロー「ワガママン」。困っている人を見過ごせない、優しい男だ。

風貌がちょっと変わっていて、黄色いピタピタのスーツに、赤いブーツと手袋。それに顔にはマスクをしており、正体は不明だ。

それに胸には針と目盛りがふってあり、何やらメーターのようなものを胸につけていた。

パッと見たら怪しい男なのだが、今まで何百人もの困っている人を助けていて、この街のヒーローとなっていた。

「ああ、ワガママン。来てくれたのね。実は子どもが怒って部屋に閉じこもってしまって・・・。もう子どもも連れて出かけなきゃいけないのに、困っているの」

ワガママンは大きくうなづき、言った。

「それは大変でしたね、お母さん。でもぼくが来たからもう安心です。お子さんを必ずその部屋から出してあげましょう」

「ありがとう、ワガママン!」

ワガママンはそう言うと子どもが閉じこもっているドアの前に立った。

同調と同意

「やあ、ぼくはワガママン。君のお母さんがちょっと困っていてね。助けに来たんだ。君の名前はなんていうんだい」

優しく問いかけるワガママンに対し、少ししてから返答があった。

「ボブ」

「そうかい、君の名前はボブっていうんだね。教えてくれてありがとう。いい名前だね」

声の大きさから、どうやらドアの前に座っているようだった。ワガママンもドアを背に座った。

「ボブ、どうして君は部屋に閉じこもっているんだい」

「別に・・・。お母さんが全然僕のことをわかってくれないから、怒っているんだ」

「どういうことにボブは怒っているんだい」

そこからまた少し間があってから、ボブは答えた。母親は心配そうな顔でそのやり取りを見ている。

「お母さんはちょっと厳しすぎるんだ。少しおもちゃで遊んだだけなのに、すぐ片付けなさいって。まだもう少し遊ぶから出しておきたいだけなのに・・・。それを毎日言われてもう嫌になっちゃうよ」

ボブは不平不満をこぼした。ウンウンとうなづきながらワガママンは言った。

「本当に、君の気持ちはよくわかるよ、ボブ。せっかく遊んでいたのに、邪魔されたみたいで嫌だよな」

同意してくれるのが意外だったのか、ボブは嬉しそうに話を続けた。

「そうなんだよ、今日だって僕の超特製の積み木ブロックが完成したのにすぐにそれを片付けなさいって。これを作るのにどれだけ大変だったのか、お母さんはわかっていないんだ」

ウンウンとうなづき、さらにワガママンはボブに同調した。

「ボブ、ぼくもすごくわかるよ。せっかく一生懸命に君の作品を作っているのに、それを邪魔されるなんて、怒って当然だよな。そこのところ、君のお母さんは全然わかっていないな!」

なんとワガママンは子どもを説得するどころか、子どもの肩を持ち、母親を非難するようなことも言い始めた。

びっくりした母親は、少し顔が青ざめてしまった。

その時、ワガママンの胸にあるメーターがぐんと右に振れ始めた。

説明しよう。ワガママンがわがままを言ったり、わがままを言う人に同調したりすると、胸にあるメーターが右に触れる。右に振れた時がワガママモードで、思う存分、ワガママを言い続ける状態なのだ。

相手の気持ち

ボブとワガママンはそれから数分ワガママをお互い言い続けた。そうすると不思議なことにボブの気持ちも落ち着いてきたようで、最初よりも断然声の調子が明るくなってきた。

そこで、ワガママンはボブにこう言った。

「確かに、君の言うとおり、作品作りの邪魔をされたり、細かく言われたら嫌だよな。それは全くぼくも同意だ。
 でも一方、お母さんはどうなんだろう。君がこうやって部屋に閉じこもったり、これから出かけなくちゃいけないのに言うことを聞かなかったら、どういう気持ちになるだろうか」

「それは・・・」

ボブは何かを言おうとしたが、言葉に詰まってしまった。ワガママンは話を続けた。

「君はお母さんが好きかい?」

「何を言っているんだい。大好きだよ、当たり前じゃないか」

そう即答したボブに向かって、ワガママンは言った。

「じゃあ、そんな君が大好きなお母さんが悲しむ顔を見たいかい」

少し泣きそうな声でボブは答えた。

「そんなの見たくないよ・・・」

「ボブ、そうだよね。まずはここのドアを開けてくれるかい」

しばらくして、ドアが静かに開いた。中にいるボブは泣いていた。

「ボブ!」

母親はそう叫んでボブの元に近寄った。そして二人は抱き合った。

「お母さん、ごめんなさい、ワガママを言って・・・」

「いいのよ、お母さんも少し言い過ぎたわ。あなたのやりたいことはちゃんとやれるよう、気をつけていくわ」

二人はしばらく抱き合っていたが、落ち着くと、母親はワガママンの方を振り返ってこう言った。

「ありがとう、ワガママン。あなたのおかげで息子も部屋から出てきてくれたわ」

「いいんですよ、お母さん。これがぼくの仕事です」

そう言って、ワガママンはボブの方を向き、こう言った。

「ボブ、今日は君と話せてよかったよ。
 残念ながらずっとは自分の思い通り、自分のワガママばかりでは生きていけないんだ。どこかでガマンをする必要がある。そしてガマンができるかどうかは、何かを守りたいという気持ちなんだ」

そう言うワガママンの胸にあるメーターは大きく左に振れていた。

メーターの左はガマンのメーター。自分の気持ちをうまく抑え込み、他人を思いやったり、ガマンをする時、メーターは左に振れるのだ。

「ありがとう、ワガママン!」

母親とボブはワガママンに笑顔でお礼を言った。

ワガママンも笑顔で二人に手を振り、去っていった。

みんなのヒーロー、ワガママン。彼はワガママとガマンの両面を持った紳士。彼は今日も困った人々を、その二面性をうまく使って、解決していくのであった。

自分の気持ちと相手の気持ち

この本を読んだスイスイは、自分の行いを恥じた。

今日も学校に出かける際、自分の母親にワガママを言ってしまったなと恥じた。

自分は朝食はパンが良かったのに、昨日の残り物のスープしか出てこず、仕事に出かけるのに忙しい母親にかなりきつい言葉で文句を言ってしまった。

帰ったら母親に謝ろう。

そう思って、スイスイは図書館の館長と、司書のゴシカに別れを告げ、家路につくのであった。朝、自分のワガママをガマンできなかったことを謝りに。

以上

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