(45) 行き詰まっている時、問題は自分にあることが多い

何が起きるかわからない世界に生きている

何か行き詰まっている感じがして、毎日が単調で面白くなかったとする。

暇な高校生のように、「あ〜、今日もつまんないなぁ。なんかいいこと起きないかなぁ」と妄想する。

でもこういう時は、自分の中に問題があることが往々にしてよくある。

例えば縁起でもない話だが、隕石が地球に落ちてきて、映画のように荒廃した世界になってしまったとしよう。

今までの生活とは一変し、食糧を確保したり、自分の身を守ることに精一杯な生活になってしまったとしよう。

こういうとき、こうなってしまった状況を恨むことはあると思うが、正直回避しようがなかったというの結論になるのではないか。

準備のいい人は、そうなることを予見して、食糧を備蓄したり、シェルターを作っておいたりするかもしれないが、何が起きるかわからない世の中だから、限度があるだろう。

何が起きるかわからない世界で、どう生きていくか

その状況に対し不平不満を言うことはあるが、どうしようもないから、どうにかするしかないと頭がスイッチしていくことだろう。

別に隕石が落ちようと、平和な日常が送られようと同じである。その外界に対し、自分がどうアプローチしていくかが重要なのである。

ぼくはこれを『自己裁量権』と呼んでいる。極論何をするのも自分の自由なんだけれども、人の生物としての本能などが邪魔をして、今までの経験上生死に関わるようなことは絶対にさせないようにプログラムされている。だから何がなんでも自分の好きなようにはできないが、そういった本能たちに対し、対峙することはできる。それが「理性」と呼ばれるものかもしれない。

生きた証を残す必要性

そして、自分が1日どういう行動をして、何をして、何を残したのか。やはりそれをログとして記録していくのが大事だと思う。

人間は忘れる動物だから、寝ると前の日のことはほとんど忘れてしまう。だから1ヶ月、1年があっという間に過ぎてしまう。

1日を過ごすのは実に大変なことである。過ごすだけで精一杯ということもあるだろう。

それでも1日最後振り返って、何をしたのかを確認した方がいいと思う。そのためには、まず1日でやることを減らすべきだと思う。まず身を軽くして、1日の最後に振り返りの時間を設ける体力・気力を残しておくのが大事だと思う。

まとめ

このように、何が起きるかわからない世界に対し、自分が何をしたいのかを考え行動していく。

そして1日の最後にその結果がどうであったかを振り返る。

文章に書くと簡単だが、これがものすごーく難しい。どうしても”生きる”ことに流されてしまう。

そうならないように、少しだけ頑張ってみる。ただ頑張ると疲れるからその分どこかで力を抜く。

一寸先は闇の世界で、自分の頭で考え行動し、1日が終わる時に記録してそれから寝る。

そして起きて自分の立ち位置を確認してまた出発する。

これが旅というものなのかもしれない。

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