(58) 記号とはなにか

人が笑ったのをみると、その人は喜んでいるんだなということを理解する。

これは笑った=喜んでいるという方程式があり、それに当てはまるからわかるのだ。

これをぼくは「記号」と捉えている。

そもそも記号とはどんな意味なのか。

「記」の字源

記とはごんべんに己と書く。

己とは伏せていたものが、次第に起き上がってはっきりとした姿を現す様子を示した字。

「己」の字源

要するに、何か盛り上がってきて、そこの部分が目立っている情景だ。出る杭は打たれる、の杭みたいなものだ。

出る杭は打たれる。なぜ打たれるのか。それは目立つから。

ごんべんは、文字を現すから、文字を使って紙に目立たせるように書く。それはなぜか。それは目立たせる記号を用いて、何か大事なことを書き留めておくからだと思う。それは何かしらの意図や意味がある。

文字を使い意味を示す、それが「記」。

「号」の字源

では号はどうか。号はさけぶとかどなるとかそういう意味がある。号令とか怒号とかそういう単語にも使われる。字としては、息が喉に使えてかすれた声を出す状況を示した図形である。

ではなぜ大声を出すのか。それは相手に伝えたい大事なメッセージがあるからだと思う。だから相手の注意を引くために、声を枯らすくらい大声を出すのだ。

ここでも大声を出す理由に、その行為を「目立たせる」ためと言うことがある。目立たせるために大声を出すのだ。

では「記号」とは?

記も号も双方とも、「目立たせる」と言う意味が同じである。一つは文字を使って目立たせるもの、もう1つはを使って目立たせるもの。双方ともその理由は相手の注意を引くために行なっている。

これは冒頭の笑った顔の例に当てはめると、普通の無表情が通常状態だったとすると、笑うことで通常の状態から逸脱し、特別な状態になる。これは目立つ行為である。こういった目立つ行為があり、その行為に紐づけられた意味があるから、笑った顔を見て、その意味を受け取ることができるのである。

普段と違う行動をすると目立つ。そこからメッセージを受け取ることができる

記号とは至る所に潜んでいる。

なぜ証明写真の背景紙は白や青なのか。それは黒だと相手に暗い印象を与えるし、赤だと刺激が強過ぎるからだ。相手に誠実さや清潔感を与えるために白や青を使っているのだと思う。これも「色」が持つ記号からくるものだ。

政治家の人たちがなぜはっきりと大きな声でスピーチを行うのか。それはそうした方が信頼感や頼りがいが出るからだ。ボソボソと喋る政治家に、票を入れようと思う人は何かしら別の思い入れがあるのだろう。

ぼくが今集中している写真も、良い写真というものが何かと言われたときに、それは人によって価値観は異なると思うのだが、その目的にあった写真を、良い写真というのだろう。

例えばメルカリでウクレレを売ろうとしたとする。商品写真をウェブ上に載せなければいけない。購入者からみて、次の2つの写真、どちらの方が買い手がつくと思うだろうか。

商品写真A
商品写真B

おそらくAの方が買い手がつくのではないだろうか。購入者としてはその商品の状態が知りたいのだから、はっきりと明るく見えた方がいいだろう。Aは適正な明るさだが、Bは明らかに暗く、商品状態が把握できない。

これもAの方はウクレレを現している記号である。Bはその記号(ウクレレの姿や形を現す)を十分に伝えられていない。記号(=伝えたいこと)をいかに効果的に伝えられるか、それがうまさに繋がっていくのだと思う。

その記号をいかにうまく伝えられるかを追い求める人生でもよいと思うし、そもそも何を伝えたいのかという記号を深掘りしていくのもよし。

ぼくの場合は、どちらも習得したい。自分の伝えたいメッセージみたいなもの(記号)を深掘りして本当に自分が大切にしていることを発掘したいし、それを効果的に広めるすべも知っておきたい。

ここでどうして誰かに広めたいと思うかというと、やはりそこは人は一人では生きていけないからだろうか。誰かと協力したい、分かち合いたいというのは、この世に生まれついたものの本能である。

だからぼくはこの2つを推し進めていくことになると思う。

以上

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