第3章 性格を直すべきか
前回までのあらすじ
タール村の心優しい青年クウ。彼は皮製品を売る仕事で生計を立てていたが、自分の仕事に意味を見いだせなくなっていた。
クウは小川の近くで出会ったケーに相談をする。ケーはまずクウに好きなことを思い出すことを教え、少しクウも自分の好きなことを思い出してきた。
一時、好きなことばかりしていても、稼げないと意味がないのかとも思ったが、まずはお金のことは度外視し、継続してみることを決心する。
今日はいつもの小川の近くではないようだが・・・?
家族と自分
どこかで獣が鳴く声がする。
もう周りは真っ暗で、クウたちを照らすのは、目の前にある焚き火だけであった。
クウはその火を眺めながら思った。火は心地いい。暖かいし、見ているだけで落ち着く。
「火を見ていると、落ち着きますよね」
そう、ケーは言った。そしてクウははっと我に帰った。そうだ、自分たちは、キャンプに来たのであったと。
そう、クウとケーはキャンプに来ていた。キャンプが趣味だというケーの誘いで、二人で少し遠くの山までキャンプに来ていたのであったと。
寒くなってきた時期にキャンプに行くと、山はもっと寒い。都会でいう極寒くらいの寒さがそこにはある。到着するのがかなり夕方近くになってしまったので、急いでテントを立て、軽く食事を済ませ、今は焚き火に当たっているというわけだ。
今ごろ、家族は何をしているかな・・・。
そう思うと、クウの心は少し痛んだ。今日は友達と二人でキャンプに行くということで、子ども二人を妻に任せ、1泊2日でキャンプに来たのであった。
子どもを置いて、一人で旅行をしに行くということで、だいぶ妻からの反対にもあった。自分に子どもを押し付けて遊ぶとは何事か、と。おっしゃる通りだとは思ったが、今度は自分が子どもたちを見るという条件付きで、特別に”お許し”をもらい、このキャンプに来たという経緯だった。
それを見透かしたかのように、ケーは言った。
「家族のことが心配ですか」
「ええ、心配というか、なんだか悪いことをしてしまったなという罪悪感ですかね。別に悪いことをしているわけではないのですが、やっぱり子どもたちの面倒を、一人に押し付けてしまった気がして、そこに罪悪感を感じているのかもしれません」
クウはそう言うと、少しため息をついた。せっかくお許しをもらって、キャンプに来たのに、こんな暗い気持ちになってどうする、とも思った。
「僕には子どもが3人いるんですがね」
「えっ、そうなんですね。ぼくは前にお伝えしたかもしれませんが、2人子どもがいます」
「二人もいいですね。僕のところは3人とも男で、そりゃあもう元気のなんのって。今日も育ち盛りの男の子3人を妻に見てもらっているので、申し訳ないなと言う気持ちがあります。まあ妻のお母さんも見に来てくれていますがね」
「そうですか・・・」
そう、クウやケーのように夫婦ともに働いていて、子どもを育てるとなると、どちらかが育児から離れた際、もう片方がそれを行わなければならなくなる。一時的に負荷は高まるのだ。そしてクウは言った。
「でも、ぼくは子どもたちのことは本当に愛しているんです。もちろん奥さんのことも。でもなんだろうなぁ。やっぱりしばらくすると、自分の好きなことをしてみたくなってしまうというか。今日だって、やぱりキャンプに行きたいと思ったから来ているわけだし。これはぼくのわがままなんですかね」
ケーはしばらく間を置いてから答えた。
「・・・いえ、決してわがままなんかじゃないと思いますよ。人によっては周りの人と24時間365日一緒にいても大丈夫という人もいるでしょう。しかし僕も、絶対的に一人の時間が大事なのです。その理由はまだよくわかってないのですが、ある意味人と離れ、自分と向き合う時間が必要なのです」
そうなのだ。ずっと人の輪に入ってコミュニケーションを取れればいいのかもしれないが、自己調整するためというか、なぜか一人になって、気持ちを落ち着かせたり、好きなことをすることが必要なのだ。そういった意味で、クウはケーと似ているなと思った。
「もしかすると、知らず知らずのうちに、家族にさえも気を遣っているのかもしれません。こう言ったら嫌がるかな、とか、これはやってあげようとか」
「確かに。特にクウ君の場合は優しいから、家族にも気を遣ってしまっているのかもしれませんね。たまには一人で何も気にせず好きなことをする時間が必要なのかもしれませんね」
そう言って、ケーは目の前の焚き火に、薪を継ぎ足した。火の粉が跳ねる。そしてパチパチと言って、薪は燃え始めた。
性格は直すべきか
「この性格は直した方がいいんですかね。この性格っていうのは、優しすぎる性格です。家族に気を使わないようにできれば、家族とずっと一緒にいても疲れない。それは家族というコミュニティにとって、最適な形だと思うんです」
クウは自分の考えをケーに打ち明けた。ケーは火を見ながら、いくばくか独り言のように言った。
「性格は・・・直さなくてもいいんじゃないでしょうか。僕もそのテーマについてはよく考えます。つまり性格を直すべきかどうかってね。そういえば僕の生徒に、いくら注意しても忘れ物をしてくる子どもがいました。明日の持ち物を忘れないように、メモに書いて忘れないようにしなさいとか、帰る時に一声かけて注意喚起をするとか。でもそれでも彼はほぼ毎日忘れ物をしてきました。少し強い言い方をしてもだめでした」
ケーは昔を思い出す時は、あまり嫌な顔をしない。そういう時は少し笑みを浮かべ、懐かしそうに話をする。その表情にクウは好感を持った。
「しかしと言ってはなんですが、彼は非常にユニークで、面白い子でした。アイディアも非常に奇抜で斬新なことを思いつくし、彼がおどければみんなが笑いました。その時思ったのです。性格を直すというのは非常に傲慢な行動なのではないかってね」
「非常に傲慢?先生が生徒に注意や指導するのは、当たり前なんじゃないですか」
「もちろん指導はしますよ。よくないと思ったことは注意もします。お説教もします。でもいいか悪いかわからないけど、僕は神様ではない。そして先生と生徒に上下関係はない。今は教える立場と、教わる立場という立場が違うだけで、どっちが偉いとか偉くないとかない。そういう気持ちが少しでもあると、生徒は気がつきます。真摯に向きあうことが必要なんです」
クウは、ケーのいうことはわかるが、それが性格を直すのと、どう関係してくるのだろうと、この後の展開が気になりながら聞いていた。
「すみません、少し話が横道に逸れましたね。つまり、人の性格はどうしても直せないこともある、ということなんです。いくら人が注意しても直らないものは直らないってね。でも実はこの話には後日談があるんです」
ケーは少しいたずらっ子っぽく笑った。
「実はその生徒はある女の子に恋をしたらしいのです。そしてその女の子が言ったそうです。私はまめな男性が好きだってね」
「そりゃ、またシブい回答ですね」
クウは思わず笑ってしまった。年端も行かない女の子の好きなタイプがまめな男の子とは。
「それを知ってから彼は変わりました。彼女に見合った男になるために、忘れ物はそこから一度もしなくなったのです。まめな男は忘れ物なんてしないってね。僕はここから学んだのですが、性格は直すのは難しいが、直る時もあるってね。それはどんなタイミングで訪れるかわかりません」
ケーが話したかった内容が、段々と、クウにもわかってきた。
つまり、性格は直すのは非常に難しく、直らないことが大半である。しかし何かの拍子にスッと変わることもある。それはタイミングによるものなので、予想ができないということなんだと思う。
「いいお話ですね。それに対するぼくの感想を話してもいいですか」
「どうぞ」
「ぼくの場合だったら、家族とずっと一緒にいれるようにしたいという気持ちがある反面、個人の時間も欲しいという思いがあり、この二つが葛藤しています。そのはざまにいるぼくは、正直ちょっとしんどいです。個人の時間をゼロにして、家族とずっと一緒にいれる人になれたらいいんだとも思います。つまりそういう性格に自分を直すということですね」
クウとケーは焚き火に対し、L字形に座っていた。クウから見ると、ケーは左に座していた。そのため、クウは左にいるケーを見ると、右頬に炎の暖かさを感じることができた。
このままでいい
「でもなかなかそうはなれない自分もよく知っています。だからぼくはこのままでいいんじゃないかと思えてきました」
「このままでいい?」
少し予想外の回答だったようで、ケーは驚いた様子だった。
「ええ、このままのぼくでいい。つまり、自分の個人の時間を確保したい。でも家族とも一緒にいたい。でも一人の時間が欲しいと思っている。そういう二つの要素を抱えつつ、それを解決できないのが今のぼくです。そういう悩んでいるぼくでいいと思ったんです」
そういうことか、と、合点がいった様子で、ケーがうなづいた。
「いい答えですね、クウ君。悩みを持ちながらも、それを解決できない自分を、そっくりそのまま受け止める。受容の精神ですね」
「はい。ケーさんの言っていた、忘れ物が直らなかったその生徒さん。もしかしたらケーさんの言っていたことをあまり聞いてなかっただけかもしれませんが、彼は自分が忘れ物をするからと言って、自分をダメな奴だとは思わなかったんではないでしょうか。あまり人から言われたことを気にしないのも、一種の性格だと思いますが、自己肯定というのは大事な要素だと思います」
「そうですね、良いとかダメだとかいうのもあくまで価値観の一つなので、絶対的なものではないですものね。いいとか悪いとかそう思っている自分を、そっくりそのまままずは受け止める。うーん、今日も深い話になりましたねぇ」
そういうと、ケーは大きなあくびを一つした。目がトロンとしており、眠そうだ。
「そろそろ火を消して眠りましょうか。明日は明日の風が吹く。今日はこの大自然の中でゆっくりと眠りましょう」
そうケーは言った。ダメな自分を受け止める。できてない自分を受け止める。解決できない自分を受け止める。一歩はそこからだ。
クウは、「まずは受け止める」のスキルを手に入れた!
以上
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