権田が権田でいられるように
ジョンとミーシャの話
あるところに小学校があった。
そこにはジョンという男の子が在学していた。
残念ながらジョンは、勉強がまるでできなかった。それに運動もできない。忘れ物も多い。簡単に言ってしまえば、劣等生であった。
周りの子からはいじめられた。なんでそんなにバカなのか、運動音痴なんだと。
しかしジョンを救ってくれる子もいた。何もそんなにいじめることはないのではと。
そして丁寧に勉強を教えてくれたり、放課後一緒に走って体力をつけさせてあげたりなど、本当に優しい子もいた。
その子の名前はミーシャと言った。ミーシャは誰にでも優しい子で、暴力やいじめを嫌い、いじめをしているのを見ると、勇敢に立ち向かい、いじめられっ子を救ってきた。
ミーシャは親から、暴力やいじめを見たら、助けるように教育を受けてきた。それをミーシャは従順に守り、ジョンを救ったのだ。
大人になって、なんとジョンは大成した。ジョンは勉強も運動もできなかったが、異常に虫について詳しかった。そして昆虫博士になって、新種の昆虫をいくつも発見し、学者となったのだ。
その時のスピーチでジョンは話した。
「ぼくがここにいるのは、小学校の親友、ミーシャのおかげです。彼女はいじめられていたぼくのことをいつも助け、励ましてくれました。彼女のような存在がいなければ、ぼくは決してここまで来る事はできなかったでしょう。ありがとう、親友」
そしてジョンには盛大な拍手が送られたのであった。
ポウと7人の家族
ここは古代。人類がやっと穴倉から出てきて、平地を探検するようになってきた。
もうこの辺りも寒くなってきて、食料である動物たちが少なくなってきた。もう少し暖かいところに行かなければ、飢え死にしてしまう。ポウは決心して、南へ住居を移すことにした。
ポウたちのグループは8人いた。グループといっても全員血が繋がっていて、家族や親戚たちだ。ポウはその中でのリーダーとして、ポウのほか7名を引き連れていた。
今までは穴倉で暮らしながら、近くの川で魚や、うさぎなどを狩って生きてきた。
しかし最近になって、急激に気温が下がっており、動物たちが姿を消していた。このままでは食べるものが狩れなくなってしまう。危機を覚えたポウは家族たち7人を連れ、南下することを決意したのであった。
途中の道は非常に険しいものとなった。道は険しく、気温はどんどん下がっていった。ポウの家族には老人となったポウの両親や、まだ小さいポウの子どもたちがいた。
彼らはポウと比べ、歩くスピードが遅く、子どもに限っては疲弊して、歩く距離もそこまで伸びなかった。それにどんどん食糧と水が尽きてきて、このままだとグループ全体が危機に瀕してしまうところだ。
ポウは決断の時が迫られていると感じた。このままグループ全体が滅亡するか、それとも決断するか。ポウは天を仰いだのだった。
時は20XX年
「はい、ビデオはここで終了です。みなさん、いかがでしたか」
そういって教師はビデオを停止した。生徒たちは「え〜」といって、不満の声を漏らした。
時は20XX年。この中学校では、昔の人の生活を映像で見て、それに関するディスカッションをするという道徳の授業を設けていた。そして2本のビデオを見て、それが終わったところだ。
1本目のビデオは、1900年代のもので、いじめられっ子が友達に助けられ、将来大成する話だ。
2本目は、もっと昔の古代の話で、飢え死にするか、それとも誰かを置き去りにしてでも生きていくかどうか、悩む男の話だった。
「さあ、みんな、どうだったかな。ちょっと2本目のビデオは、内容が重たかったかな。誰でもいい。感想を教えてくれないか?」
教師は生徒に発言を促した。すぐに学級委員長のサカタが手を挙げて起立した。
「はい、1本目のビデオは、よくあるサクセスストーリと言いますか、まあこういった話はあるのだと思います。ただ、少し話ができすぎていると言いますか、誰でも才能があるわけではないと思いますし、ジョンのように将来成功する人もいると思いますが、やっぱり勉強が全然できないのは、ディスアドバンテージだと思います。なにか特化した特技を持たない限り、将来収入も増えないのではと思います」
「そうだね、サカタくんの言う通り、全然勉強ができないというのはちょっと厳しいね。他に意見がある人は?」
教師がざっと教室を眺めると、なんと左はしの席に座っている友田が泣いている。
「ど、どうした、友田。泣いてなんかして。なにかあったか?」
ヒックヒックと泣き、座りながら友田という女子生徒は発言した。
「だって、2本目の動画、、、。かわいそうすぎて。。。これって、子どもとかおじいちゃんを、置き去りにしてでも、生きるためにはやっていかなきゃいけないって、そういう意味なんでしょう?そんなのかわいそうすぎるわよ。なんとかみんなで8人で生きていくことを頑張るのが、人間なんじゃないの?そう思うと、可哀想すぎて、なんか泣けてきちゃって、、、。」
弱ったな、泣く生徒が出てきてしまうと、また保護者からクレームが出かねないな、と教師は心の中で舌打ちしながら、友田に話した。
「友田さん、そんなに泣くことはないですよ。これは動画でフィクションですから。こんなこともあったのではないか、という想像です。」
「でもよう、先生」
教室の右側の一番後ろの席に座っていた、大蔵が発言した。
「俺はよ、2本目の動画だけど、このポウっていう男はリーダなんだろ。リーダだったら、そのグループを守らないといけねえ。だったら、役に立たないやつは置いていって、働ける奴らを連れて生き延びるのでいいんじゃねえかなと思う。冷たいとか言われるかも知れねえけど、それで全滅したら元も子もねえ。まずは生き延びることが必要なんだと思うんだよな」
そういうと、確かにそうだと、何人かの生徒もうなづいた。
もう発言する生徒はいなさそうだなと、少し時間を置くと、ポツリと発言する生徒がいた。権田という生徒だ。
「なんかぼくはよくわからないけどさー。”余裕”っていうのが大事だよなあって思ったな。
1本目の方は、このミーシャって子も、自分に余裕がなければジョンのことを助けられなかったんじゃないかな。そんな気がする。2本目のポウって人は本当に余裕がなかったんだろうなって思う。本当はみんなで生き延びたいけど、それができない。その余裕がなかったんだと思う」
その発言の後、少し間が空いた。しかしそれは変な間ではなかった。料理を口の中で味わっているような時間の流れ方であった。
教師は仕切り直して、生徒に向かって言った。
「よし、それではもう発言する人はいないな。じゃあ、このビデオの意味について説明していくぞ。このビデオの意味するところはだな・・・」
権田は窓側の席に座っていた。そして空を見上げた。雲がいくつもあったが、曇りではない。青い空がところどころ見える。真冬の空に、校庭の枯れた木が見える。
この世の中が平和でよかったと思う。
余裕がなくなってしまったとき
「権田くん」
隣の席の関口が話しかけてきた。先生が話しているので、コソコソ話に自然となる。
「なに?」
「さっき言っていた、”余裕”の話なんだけど」
「うん」
「権田くんは、余裕がなくなったとき、どうしているの?」
権田は関口から顔を一瞬背け、窓の外の空を見た。そして少し考えてから、関口に答えた。
「まず・・・なるべく余裕がなくならないよう、気をつけている。ガソリンギリギリまで走らないように、ガソリンは多めに残しておくように、いつも気をつけてる。イメージの話ね」
「でもそれでも、余裕がなくなる時だってあるでしょ」
なおも関口は食い下がる。なにか引っ掛かりを感じているようだ。
「うん、ある。全然余裕ないときもある。試験があるのに全然勉強ができてなかったりした時とか、塾に遅れそうな時とか。50m走でビリになりそうな時とか。
でもそれらも、結局できなかったとしても死ぬことはないと思ったら、そんな焦らなくなるよ」
権田は中学2年生だったが、どこか達観しているところがあった。関口は冷たい目をして言った。
「もし、死にそうなときになったらどうするの。例えば、さっきの2本目のビデオみたいに」
2本目のビデオで、もし権田がポウの立場になったとき、どうするかを聞かれているようだ。
そう、さっき空を見ながら考えた、「平和でよかった」というのはそういうことなのだ。今は平和で余裕があるから、何事にも寛容にしていられる。
しかし生死が関わってくると、人間は変わってしまう。もっと動物的になるというか、なりふり構わなくなってくる。その時権田は権田のままでいられるか、不安だった。
「意地悪な質問するね」
権田はうらめし顔で関口に言った。関口はニコッと笑って言った。
「ごめん、変なこと聞いちゃったね」
そう言って、関口は前を向いて黙った。
それでも権田は幾分独り言のように言った。
「もしかすると、ものすごく残酷な決断をそこでするかも知れない。
でもなるべくぼくはぼくのままでいたい。ぼくは、ぼくのままでいられるように、頑張ると思う」
そう、権田は発言した。関口は横目で見て、権田に言った。
「やっぱり権田くんらしいね」
それは否定的ではない、肯定的なニュアンスを含んだ物言いだった。
もし危機的状況に陥ったら、権田は権田ではいられなくなってしまうかも知れない。その時非常に辛い思いをするはずだ。
それでも変わらないでいられるのが、ある意味強さなのではないかと、権田は感じた。
風が吹いて、教室の窓をガタガタと揺らした。
以上

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