2.8章 コミュニケーションをあきらめた、ロゼッタ
この物語は、ある小さな村にある、ダンケ学校での、教師ケイと、生徒10人によるやり取りを記録したものである。
登場人物紹介
ケイ・・・ダンケ学校の教師。さまざまな経験から子どもたちに平等に、多種多様な事柄を教える。
ミド・・・ダンケ学校の生徒。賢く機転が利く。自分の好きなことを探し中。
シバ・・・クラスの清掃委員。きれい好き。少し自分の意見を押し付けがち。
スイスイ・・・自分より他人を思いやる優しい子。最近、少し自分の意見を言えるようになった。
ガイマ・・・全てを他責にする。だが悪いやつではない。
トゥアーリ・・・クラスのムードメーカー。ちょっとずさんな性格。だがハレに好かれるため、マメな男になれるよう奮闘中。
ハレ・・・クールビューティ。歌手になる夢を持っている。
キベル・・・勉強していい会社に入ることを目標としていたが、自分の好きなことをやろうと心を入れ替えた。
心を閉ざす
ロゼッタは口数の少ない女の子であった。
あまり自分から人に話しかけることはない。聞かれたら答えるというスタンスだ。
よく周りからは、ロゼッタは何を考えているかわからないと言われた。それもそれのはず、自分から声もかけないし、あまり自分の意見を言うことがないのだ。
それをロゼッタ自身はちゃんと自己分析していた。おそらく自分は、人から拒絶されるのが怖いのだ。
「え、そんなこと思っているの?」
「そんなの変だよ」
「私はそんな考え方嫌い」
このように自分の意見をそのまま出したら、人から拒絶の反応が来るのでは、そう思うと怖くて自分の意見が言えないのだった。
なぜこうなったのかはわからない。生まれつきなのか、小さい頃に拒絶されてショックを受けた過去があるのか。
思い当たることがないこともないのだが、これといった大きな原因は見当たらなかった。
ただロゼッタの中では、相手からの拒絶が怖いのだろうということは、これまでの人生の中でわかっていた。
それにロゼッタは自分と気が合う人というのがほとんど現れなかった。
ダンケ学校でも、ほとんどの人と気が合わない。というか、何がそんなに楽しく、何がそんなに不快なのか、全く共感ができなかった。ロゼッタから見れば、ひどく低次元の空間で、喜び、そして悲しがっているように見えて、自分が住む世界とは異世界に住んでいるような気がしていたのだ。
それも重なって、さらに人に心を開くことは少なくなってしまった。
ロゼッタは人と関わることをあきらめてしまっていた。
閉ざしても、開けてもいい
生徒とは全く馬が合わなかったロゼッタであったが、教師のケイには惹かれていた。
いつも忙しそうにはしているが、生徒一人一人のことをしっかりと見ていて、そこに愛情も感じていた。ダンケ学校に通ううちに、自然とケイには心が開けるようになっていた。
給食が終わり昼休みの間、教室の中であたたかいひだまりに包まれる中、ケイとロゼッタは話をしていた。
「先生、私なんだか友達がいなんだよね。なんだか心がちゃんと開ける友達が少ないというか」
「ふーん、それはなんでなんだい」
友達のような感覚で、二人は話を続けた。
「わからない。でもなんとなく心の波長が合わないというか、なんとなく仲良くなれないんだよね。別にみんなが悪いとか、私が悪いとかじゃなくて、相性の問題?」
ふーん、なるほど、と一呼吸置いてから、ケイは話した。
「人それぞれ十人十色、合う合わないは必ずあるからね。別に無理して付き合う必要はないんじゃないかな」
それに対し、ロゼッタはこう反論した。
「別に少しの付き合いで済む仲だったらいいけど、学校だったら毎日会うじゃない?その人たち全員がなんか気が合わなくて気まずい感じだと、毎日の学校も嫌になっちゃうよ」
困った顔で懇願するロゼッタに対し、ケイは笑顔で答えた。
「まあ学校だと毎日顔を合わせるからね。その人たちとなんか気が合わないのは確かにつらいことだね。でも・・・」
そう一度区切ってから、ケイは話した。
「まず1つ言えることは、無理して仲良くする必要はないってことかな。それはロゼッタ自身がつらくなってしまうだろうし、無理に心を開く必要もないと思うよ。
ロゼッタの中で、ちょっとさみしいけど、この人たちに心を開くと攻撃されると思っているんだろう。それなのに無理やり心をこじ開けてもいいことはない。だから無理して心を開くことはない、というのが1つ目。」
「1つ目ってことは2つ目があるの?」
聞くロゼッタに対し、ケイはこう答えた。
「うん、もう一つあるよ。それは、意外に心を少し開くと、相手は受け入れてくれる時が多いってことさ。多分ロゼッタは過去のどこかか、それとも生まれつき、警戒心が強い性格なんじゃないのかな。だからむやみやたらに自分が思っていることをあまりオープンにしないことにしている。
でも人間、自分の気持ちをオープンにしても、あまり相手は気にしないことが多いってことさ。取り越し苦労じゃないけど、自分の気持ちを包み隠さず言ったとしても、相手は傷つかないし、攻撃もしてこないことが多いってことさ」
そう言われても、ロゼッタの顔はあまり晴れてはいなかった。
「つまり、心を開かなくても、開いてもいいってこと?」
「うん、そういうこと。どっちの道を取ってもいいってことさ。まあ性格は直せるかもしれないけど、相当苦労するからね。無理はしなくていいと思うけど、案外相手は攻撃してこないよ、ということを頭の片隅に置いておいてもいいかな」
そういうもんかなと思った時、昼休み終了のチャイムが鳴った。
イライラする人には、心を開けづらい
その日の授業の中で、図工の時間があった。
これは2人でペアになって、お互いの似顔絵を描くというものだった。
ロゼッタはスイスイとペアになった。スイスイも大人しい子で、あまり自分の意見をズケズケと言うタイプではなく、人の意見をウンウンとうなづくタイプであった。
まず、ロゼッタがスイスイの似顔絵を描いた。ロゼッタは絵が比較的得意であったのに、数分で描き終えてしまった。
そして次はスイスイがロゼッタの似顔絵を描く順番だ。
最初は順調に描いているようだったが、途中で筆がぴたりと止まってしまった。
そして何かちらちらとロゼッタの方を見て、何か言いたげだが、モゴモゴして何も話してこない。
しびれを切らしたロゼッタが、スイスイに話しかけた。
「どうしたの?何か言いたいことがあるの?」
それに対し、さらにモゴモゴと言っているのだが、何を言っているのかうまく聞き取れない。
若干イライラして、ロゼッタはスイスイに聞いた。
「なに?ちゃんと話してよ」
「まあまあ、そんなロゼッタもカリカリしないで」
そう言って二人の間に入ってきたのが、ミドであった。
ミドは非常に優しい声で、しかも笑顔でスイスイに話しかけた。
「どうしたの、スイスイ。何か、ロゼッタにして欲しいことがあるのかな」
そうすると、少し安心した顔になり、スイスイはロゼッタとミドに話した。
「あの・・・」
次にどんな言葉が出るのか、ちょっと身構えた二人の前に出された言葉は、拍子抜けするものだった。
「あの・・・・・・、ちょっとあごを引いて欲しいだけど」
「へ・・・、あご?」
「うん・・・ロゼッタちゃん、ちょっとあごが出ているから、引いてもらったほうが可愛く描けそうだから・・・」
キョトンとするロゼッタ。ミドは笑顔で言った。
「確かに、あごは引いた方が、シュッとしていい絵が描けそうだね。
ロゼッタもあんまりカリカリしないでね」
そう言って、ミドは自分のペアの人の似顔絵を描くのに戻った。
ロゼッタは困惑していた。どうしてそんな簡単なことなのに、スイスイは自分に言ってくれなかったんだろう。
でも心当たりがいくつかあった。
まず、相手がイライラしていたりすると、優しい人や空気を読める人は、コミュニケーションを取るのを躊躇する。それはあたかも溢れそうなコップに、さらに水を注ぐようなものだ。そして水がこぼれたら、「なんで水を注ぐの!」と自分に矛先が向けられる。
だからイライラしていたり、怒っている人には自分の心を開いて自分の意見を言いづらくなってしまうのだろうと、ロゼッタは考えた。
言葉にしないと伝わらない
そして気づいたことの2つ目は、言葉にしないと、相手に伝わらないということだ。
モゴモゴするスイスイを見ても、何をして欲しいかロゼッタはわからなかった。
自分の気持ちや思いを伝えるために、言葉があるのだ。そして言葉というものは、口にしないと伝わらない。いや、口にしても伝わらないこともあるのだが、まずは口に出さないと決して伝わらない。
そういうロゼッタも、こういう状況でこういう顔をしているのだから、こういうことを言いたいって「察してよ」と思う時がしばしばあった。
その場の雰囲気や流れから、こうすることが当然でしょと、暗黙の了解を他者に求めていたのだ。
しかしそれは家族、ましてや友達になれば、考えることも違う。暗黙の了解は非常に長い時間を共にした者同士だけに生まれる”裏技”のようなもので、そんな裏技を日常的に使うのは間違いのような気がした。
やはりベースとなるのは、口に出して話すこと。それが基本原理のような気がした。
とはいえ、その基本原理をできないくらい、イライラした雰囲気を出してしまった自分に、ロゼッタは反省した。
そして笑顔を作り、スイスイにこう”口に出して伝えた”。
「スイスイ、なんかイライラした感じになっちゃって、気を遣わせちゃってごめん。
ほら、あごを引いたんだから、きれいに描いてよね」
そうすると、スイスイの方も笑顔になって、
「うん、ロゼッタちゃん、可愛いんだから、ちゃんと描くね。まかせて!」
そう言って、二人はお互いいい気持ちになって、その日の図工の授業を終えたのであった。
以上

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