(48) 減点主義より、加点主義
最近この思考になって、結構調子がいい。
なので、それの良さについて、少し書いておこうと思う。
この思考というのは、いわゆる「加点方式」の思考である。
ぼくはずっと、テストであれば100点が一番良い状態で、90点は100点よりも悪く、80点は90点よりも悪いと、数字を見て判断してきた。
数字が減れば減るほど悪く、100点はベストの状態であると。そして1回目で100点を取ったのならば、2回目も100点を取るのがベスト、3回目、4回目も100点を取るのがベストと考えて生きてきた。
そして100点が取れない時があると復習して、次は100点を取れるようにがんばってきた。
これは書くことは簡単だが、なかなかヘビーなやり方である。最高の状態を出し、それを続けなければいけない。
ちょっと次元は違うのかもしれないが、オリンピックで金メダルを取った人が、次も金メダルを取るために、必死になってやっているのと、似ている気がする。
要は、少しも気が抜けないのだ。最高の状態(=100点)を取るために気を張っていかないといけない。ゴールのないレースをずっと続けている感じがしていた。
これはいわゆる減点方式なのだと思う。100点がベースにあって、それから失敗すると点が引かれていく。100点をベースにするから良くないのだと思う。
加点方式は違う。0からスタートする。何か少しでもやれば点がつく。
例えばぼくはこどもをお風呂に入れる。ほぼ毎日夜に入れる。子どもは自由だ。あまり洗うことに興味はないし、お風呂で遊び始めてしまう。少しでも水が目に入ると、泣き叫ぶ。それを複数人相手をするのだから、毎日大変と言えば大変であった。
これは、子どもたちをお風呂に入れるという目的のためにやっている。それが100点の状態として捉えている。しかし遊び始めたりして言うことを聞かなくなると、この目的(お風呂を入れる)というところから、どんどん外れていく。そうなると、100点からは減点されていくわけだ。
こうなると自分がイライラしてくるのが、よく分かる。人間はうまくいかないとストレスホルモンを分泌し、焦りの感情を生み出し、物事を早く済ませようとする本能がある。
しかし、ぼくはそれが悲しい。子どもたちとゆっくりお風呂に入る時くらい、子どもたちを遊ばせて、お父さんとの楽しい思い出を作ってほしい。ただ一方いつまでもお風呂に入っていると、寝るのが遅くなってしまう。どうすればいいのか?
こういう時に、加点方式は非常に役に立つ。
子どもたちが全然言うことを聞かない、洗うのが進まないことを0として、そこからスタートするのだ。
そうすれば、洗うのを邪魔されても、別に点数が減るわけではないので、精神的に全然ストレスを感じない。逆に言うことを聞いてくれて洗うのが進めば、ラッキーといった感じになる。
概して、減点方式は、それができていることが当たり前という意識、加点方式はできてないことが当たり前で、できたらラッキー、ありがたいと言うスタンスの違いがあると思う。
どちらの方が、精神衛生上良いかは、火を見るより明らかである。
どうしても日々暮らしていると、それができていることが当たり前という感覚になってくる。
そしてそれをベースとして、さらに良いものを求めて行ってしまう。
こう言う状態になると、もうデスマーチで、目に見えないゴールに、向かって行っているようなものである。目的が見えていないのに歩く道より辛いものはない。
今の状態があることに感謝することを気づかせてくれる名言を最後に書いて終わりたいと思う。
- 生きているだけで丸儲け ー明石家さんまさんー
- どうして終わったりなくしたりしてから、いつもそうだったと気がつくんだろう ーベルセルク(漫画)
・・・大事なものをなくしてから、やっとそれが自分にとって大事だと気付く場面。日常も無くしたりなんかする前に、すごく大事なものということに気づかなければならない。
以上。
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