(116) カチと交換

昔々、あるところにAさんとBさんとCさんがいました。

Aさんは米を作り、
Bさんは魚を釣り、
Cさんは獣を狩って肉を得ていました。

Aさんは魚を食べたくなった時はBさんのところへ行き、
自分の米とBさんの魚を交換していました。

またBさんは肉を食べたくなった時はCさんのところへ行き、
魚と肉を交換しました。

Cさんは米を食べたくなったとき、Aさんのところへ行き、
肉と米を交換しました。

それぞれおおよそ1kgを交換し、それが等価交換として、成り立っていました。

しかし、どうしても力が強いものが権力を握るようになり、じきに「オウ」と呼ばれる権力者が力を持つようになりました。

オウは力が強かったので、他に敵が来た時に守ってやると。その代わり何もない平和な時はそれぞれ、Aさんは米、Bさんは魚、Cさんは肉を、オウに献上することになりました。

最初の頃は良かったのですが、段々とオウが調子に乗ったり、あまりに辛い徴収を続けると、Aさんたちは怒って、オウに反逆することもありました。

それをあまりよくないことだと感じたオウはあるアイディアを思いつきました。

それぞれAさんたちから米などを徴収する代わりに「カチ」と呼ばれる紙切れを渡すようにしました。

米を献上して、その代わりに「カチ」を渡されたAさんはオウにこう言いました。

「オウさん、こんな紙切れ貰っても嬉しくないよ。もっと徴収する量を減らしてくれた方が助かるんだけど」

それにオウはこう答えました。

「Aさん、そのカチと呼ばれる紙切れを馬鹿にしてはいけない。それは魔法の紙で、なんと今まで米1kgで交換できていた魚1kg、肉1kgと交換することができる、引換券なのだよ」と。

「そうなんですか?」

「そうだとも。不思議に思うなら、BさんかCさんのところへ行って、交換できるか試してみなさい。ただし、もしBさんかCさんが君のところへ来て、この紙を渡してきたら、米を渡さないといけないよ。そうしないと自分だけ交換ができて、ずるいからね」

これと同じことをオウはBさんとCさんにも伝えました。

Bさんには、

「Bさん、魚1kgありがとう。その代わりにこのカチという紙を1枚あげよう。これを渡せば今まで魚1kgと交換できていた米や肉と交換できるから。それだったら私に魚をあげても損しないだろう?しかし君のところへカチを持ってきた人がいたら、魚を渡さないといけないよ。自分だけ交換できるのはずるいものね。」

Cさんには、

「Cさん、肉1kgありがとう。その代わりにこのカチという紙を1枚あげよう。これを渡せば今まで肉1kgと交換できていた米や魚と交換できるから。それだったら私に肉をあげても損しないだろう?しかし君のところへカチを持ってきた人がいたら、肉を渡さないといけないよ。自分だけ交換できるのはずるいものね。」

こう3人に伝えたのでした。

半信半疑の3人でしたが、AさんがBさんのところに行って、カチを渡してみました。

Bさんは、

「オウはカチを渡されたら魚を渡せと言っていたな」

と思い、Aさんにカチの代わりに、魚を渡しました。

驚いたのはAさんです。オウの言った通り、紙切れで米を渡さずに魚を得ることができたのですから。

BさんもCさんのところへ行って同じことをしましたが、同じように肉をカチの代わりに得ることができました。

CさんもAさんのところへ行って同じことをしましたが、同じように米をカチの代わりに得ることができました。

Aさんたちはオウの言ったことが現実になったことを驚き、すっかりカチの価値を信じるようになったのです。

こうしてこの魔法の紙切れを求めるため、Aさんたちはせっせと米と魚と肉をオウに献上し続けました。

献上するとカチがもらえるので、それを使って、他の食材を得ました。献上すればするほどカチが発行されるので、世の中にはどんどんカチの数が増えていきました。

それを見ていた幼い子ども、D くんが大人のその様子を見て笑いました。

「みんな、勘違いしているよ。みんな損をしているよ。」

ムッとしたのは大人たちです。どうしてこんな便利なものを馬鹿にするのか。これだから子どもはわかっちゃいないと。

しかしD くんが続けます。

「だって、みんな、最初の1回分は無料でオウにあげてしまっているんだよ。そしてそれを補うために、また米とか作って、またそれをオウにあげてしまっている。オウはもらうだけもらって紙切れを渡しているけれど、オウは何の価値も作ってないよ」と。

大人は一瞬わからなかったのですが、よくよく聞いてみるとこういうことのようでした。

まずオウがカチを発行するまでは、米1kgと魚1kgと肉1kgが等価交換でした。

しかしここでオウがカチを発行し、米1kgと魚1kgと肉1kgと、カチ1枚が等価ということになりました。

そしてオウがAさんたち1人に1枚、カチを渡します。その代わりにそれぞれから米1kg、魚1kg、肉1kgをもらいます。

そしてAさんはBさんのところへ行ってカチの代わりに魚を得ようとしますが、ここで重要なのが、もうオウに一度魚1kgを献上しているため、新たに魚1kgをBさんは用意しなければいけないという点です。

オウからカチを使うためには、それを持ってきた人に、自分の持っている米、魚、肉を渡さなければいけないルールのため、それを遵守すると、新たに1セット、用意しなければならなくなるのです。これは他のBさん、Cさんも同様です。

そして、極め付けは、このカチの価値を信じれば信じるほど、カチが欲しくなり、オウにどんどん自分たちの生産物を献上するうまい仕組みになっているということでした。

また、時代は進み、Aさん、Bさん、Cさん以外に、音楽で心をなごましたり、絵を描いてこのカチを得る人たちも現れ始めました。オウからカチを発行してもらうのではなく、大量に出回ったカチを、色々な人から得る方法です。

カチが出回った後は、あまりオウはカチを発行しなくなりました。なぜならカチを発行しても、生産物の総量が変わらないのであれば、カチ自体の値打ちが下がるためです。あくまでカチは交換するツールだったのです。

こうなると、カチを信じる人が何をするかというと、限りあるカチの取り合いです。自分たちの生産物にいかに価値があるかを説明し、カチを得ようと躍起になりました。

しかしまたこの様子を見て、子どものD くんは言いました。

「みんな何か勘違いしているよ。カチは便利だけど、カチに価値はないよ。」

みんなまた”カチ”ンとはしましたが、図星だったので何も言えませんでした。そしてカチ以外に何に価値があるのかを、一人ひとり考え始めたということです。

おしまい

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