(65) 欲とはなにか その2
少し前に「欲とはなにか」という記事を書いた。
今日はその続きを書いていこうと思う。
欲の正体
欲とは谷のようなものだ。
隙間ができるから、そこに何かを埋めないと気が済まないようになる。
一方、見方によれば、天秤があって、左の方が重くなり、左に傾くのと似ている。
右は右でバランスを取ろうとして右を重くする。そうすると、また天秤はバランスを保つことができるようになる。
欲もこれに似ていて、やりたいという思いがあるから、傾くのである。そうしてその傾きがあるからこそ、例えばボールがその天秤の左右を行き来できるとして、重力の関係でボールは左の方に動くのであろう。
このようにバランスが崩れることによって傾きが生まれ、動きも生まれる。
だから逆にいうと、欲がないと人間は動かないということである。
欲の使用制限性
しかしこの欲は厄介で、傾きが生じ動けば動くほど、人間は疲弊していってしまう。
左に傾き、左に動き、右に傾き、右に動いていくと、いつかは疲れて、動きたくなくなってしまう。
だから、この欲という傾きに身を任せるのは、一日の中で回数を設けた方がいい。具体的にいうと、欲を叶えるのは1日1回が良いというのが自分の感覚である。それ以上欲に駆られて動くと疲れるし、欲を叶えて得られる満足感も、2回目は薄まってしまい、1回目の達成感も薄まってしまう。
逆に1日1回にしておくと、「今日はこれができた」という実感が感じられ、精神衛生上も良い。
ぼくの場合は写真が趣味で好きなので、その事柄に関する欲が多い。その欲を1つ叶えられたらよしとする。
欲を1回満たしたあとは
もし1日の中の早い段階で、その欲が満たせたら、後の時間はどうすればいいのか。それは休息に充てるべきというのがぼくの考えである。間違っても、2回目の欲を満たそうとしてはいけない。欲が1つ満たせたら、あとはぼーとしたり家族と過ごしたりして、暇な時間を過ごすべきだ。
意外にそういった時間の中で新しい発見があったりする。欲の2つ目を叶えようとすれば、そこに休息はない。休息がなければ疲れる一方である。
「暇」という字は、仕事から一時的に退いて、身を隠している状態を表す字のことらしい。仕事とは自分の欲を満たすこととした場合、暇な時間というのは何もしていない時間である。こういったオンオフの時間の使いようが、人間の身体と精神には良い気がする。
以上
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