(94) 性格は直すべきなのか

以前「性格を直すとはどういうことか?」という記事を書いた。

今回はその続きとなる記事を書きたい。

日々暮らしていると、もっとこうしたいんだけど、それを止める自分がいることに気付く。

やりたいと思う気持ちがあっても、後ろ髪を引いてくる過去の自分がいることに気付く。

おそらく今までの経験上、確かにやった方がいいのはわかるんだけど、それをやることのリスクも知っていて、だから二の足を踏んでしまうのだと思う。

そんな自分を見て、「自分はダメだ、もっとこうしたい、またはこうしなきゃいけないと思っているのに、それを行動に移せていない、自分はダメ人間だ」と思うこともあるだろう。

これは本当に自分のスキルが足りてない、もしくは自分の心意気が足りていない、責任感が足りてない、やる気がないという問題なのだろうか。その辺りを今回は深掘りしていきたい。

個性を無下にする必要はない

まず最初に結論から言ってしまうが、そんなふうに自分を無下にする必要は全くない。

そもそも人間というのは一人として同じ人がいない。双子であっても、そこから過ごす時間がまるっきり一緒ということはあり得ない。その子たちが全く同じ動きをするというのはあり得ないはずだ。

つまり、一人として、同じ経験をしている人はいなく、そこから得られる経験値も違うのだから、その結果育つ人間も、一人として同一な人は存在しないということになる。

(これは、そもそも、人間はそれまでに経験した経験値によって、人間性が構築されるという理論に基づいている。)

そうやって、一人として同じ人間がいないとわかった場合、次考えることが、ではなぜそういうふうに同じ人間を作らなかったかという話だ。

単細胞生物(例えばアメーバなど)は、自分とまるっきり同じ物をコピーして、増殖する。

植物、動物みたいにオスメスの区分けがなく、エクセルのコピーアンドペーストのように同じものをコピーしていく。

なぜ生物は進化の過程で、このコピー方式をやめ、わざわざオスメスという両極端にある因子を作り、繁栄をしていくことに成功したのだろうか。

おそらく、コピーアンドペースト方式だと、変化に弱いのだ。ドラクエで言うと、パーティ4人全員が戦士みたいなものだ。

これは打撃が通用する相手ならほぼ最強のパーティであるが、一度「ぐんたいがに」みたいなやたら硬いモンスターが出たり、「キャタピラー」みたいにスカラばっか唱えて固くなったり、「じんめんちょう」みたいにマヌーサをかけまくって、攻撃が当たらなくなったら全滅である。

なので、バランスよく戦士系と魔法使い系を織り交ぜた方が、めちゃめちゃ強い場面というのはなくなるが、その代わり壊滅的になる可能性もぐぐっと減らすことができるのだ。

ここで単細胞生物のアメーバと、オスメスの区分を作った動植物の話に戻ろう。

これらもドラクエのパーティと同じ、一つの遺伝子(DNA)を正にしてしまうと、いざ劇的な変化が発生した時に絶滅してしまう可能性があるため、自分とは全然違う存在(戦士と魔法使いのような)をタッグにさせた方が、全滅を免れると生物は考えたのではないか。

だからオスメスという区分けにし、パラメータも両極端に分けた。

力が強い男と、力は男より弱いが、家を守り子を産める女と。役割を分担し、それぞれの個性をミックスすることで、子孫を残してきたんだと思う。

そして、さらにフィールドを広げ、男と女(夫婦)だけでなく、家族、地域(村など)、そして国というさらに多種多様で徒党を組むことで、どんな危機が来ても対応できる存在になろうとしたのではないか。

だから結論、人と違うことは全く悪いことではなく、むしろ必要なことである。

弱点補強を悪いと言っている訳ではない

しかしぼくはドラクエで、他に合わせて平準化する行為、例えば魔法使いにちからのたねを与えることをよくやっていた。また、魔法使いにできるだけ攻撃力の高い武器を買ってあげていた。

これには理由があって、魔法使いの魔法には、MPといういつかは尽きる力があった、だからそれをバンバン使いたくはなく、できるだけ無限に使える「こうげき」を選択したかったからなのだ。

だからそのパーティの中で、魔法使いが物理的な攻撃力を高めることを非としているわけではない。それは戦い方の一つなので、正解はない。

要はケースバイケースなのだ。基本は自分の素のまま、自分の特徴を押し出していく形で良いと思うが、さらに自分の理想の姿に辿り着きたい時に、自分の弱点を補強していけば良いと思う。

それかもし、魔法使いは魔法だけ使っていればいいんだ。そのほかは防御しておいた方が効率的だと考えるのであれば、攻撃力は無視してしまって良いのだろう。

再三となるが、大事なことは、自分の理想に辿り着くためにどうしたら良いかということなのだ。

弱点を伸ばすのは効率は悪い

しかしよくよく考えておいた方が良いことは、弱点を補強していくことは並々ならぬ努力が必要ということだ。

ちからのたねもそうそう手に入るものでもないし、力を強めていったところで、到底戦士の腕力には敵わない。

生まれ持った素質をよくわきまえ、行動することが重要になってくる。自然の流れに逆らうことは、並大抵のことではないのだ。

それよりも自分を補強してくれる人と組む

そんな自分の弱い点を補強するよりも、もっと手っ取り早い方法がある。それは得意な人に、自分の不得意部分をお願いしてしまうことだ。

打撃は全部戦士に任せて、魔法使いは魔法に専念するというのもありだ。

これもケースバイケースで、役割分担をはっきり分けた方がいい場合と、グレーにお互いが調整してやっていった方がいいケースがあるから、まちまちだ。

ぼくと奥さんは全く違う性格で、ぼくの性格を180度逆に全部していったら奥さんになるのではないかというくらい性格が真逆だ。

だから夫婦としてとてもバランスが取れた状態である。まさに戦士と魔法使い夫婦だ。

正反対の人と組むときは、相手へのリスペクトが不可欠

しかし、最強に見えるこの組み合わせだが、ある一つのことに気をつけなければ瓦解する。それはお互いへのリスペクトなのだ。

戦士が魔法使いを力の弱い奴だと思ったらどうなるだろう。

また魔法使いが、魔法も使えない筋肉バカと思ったらどうなるだろう。

人は不憫なもので、幸せでありがたい状態なのに、それが続くとそれが普通だと思い込んでしまう。

だからいつも魔法で助けられたり、打撃で助けてもらっているのを忘れ、相手の弱点に目を向けてしまう物なのだ。

特に自分とは真反対にいる人へはそういう態度をとりやすい。だから重要なのは、パートナーや仲間へのリスペクトや感謝の言葉なのだ。

まとめ:基本自分の素養を活かし、自分の弱点補強は程々にし、仲間へ頼る

まとめると上記に尽きる。

まず自分は自分でいいと知る。認める。これが第1歩目。人は一人として同じ人はいない。それが多様性を生み出しているのだから、それをあえて平準化する必要は全くない。

それより自分の弱点補強は程々にしつつ、自分の弱点を補強してくれる仲間とパーティを組むことだ。パーティとは仕事や友達、家族など多岐に渡るだろう。

人はひとりでは生きていない。無人島で一人きりになっていても、自分を産んでくれた父と母がいる。人は絶対に一人ではない。自分が自分がという思いにならず、自分の得意なことで相手を助ける、そして相手の得意なことで、自分を助けてもらう。

完璧な人間なんて必要ないと思う。だって完璧であれば、それは恐ろしく孤独だと思うからだ。

最強の勇者一人で全クリしても、その勇者はそれでよかったのか。

自分の目指したい姿はどんな物なのか。

最速でそのゲームをクリアしたいのだったら、戦闘は少しでも早く終わったほうが良い。

それともレベルを99にあげたいのか。それだと、戦闘ははぐれメタルなど経験値が高いモンスターに集中した方がいい。

戦闘は適当で、遊び人みたいな笑い要素を入れながら、チャランポランにゲームを進めたいのか。

要はその自分が目指したい姿から逆算して、今何をすべきなのか。その目標を達成するために、どうするのが最適なのかを考える。

自分の性格を直した方がいいという話は、その手段の一つに過ぎないのである。

大事なのは、何を自分は成し遂げたいかだ。

以上

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