人生写真道8 がんばらない生き方

人生写真道の連載の最後にお伝えしたいことは、生きることをがんばらないということです。

私たちは小さい時から、がんばることはいいことだ、がんばらないと大人になってから苦労するということを言われ、育ってきました。

しかし本当にがんばることは”良い”ことなのでしょうか。その辺りを深掘っていきたいと思います。

がんばる人生とがんばらない人生

例えば通常に生きることを「1」、がんばることを「1.1」だとしましょう。

1.1だと少ない気がしますか?しかしこの0.1はかなり大きな差です。

私は学生時代、飲食店でアルバイトをしていたのですが、一人で二人分の働きをするなんて、土台無理な話でした。

どんなに俊敏に動いたとしても、1.1〜1.2くらいの仕事量が関の山でした。その経験から今回は1.1とします。

そして、1年がんばると「1」になったと仮定しましょう。そうすると、10年経つと10になるわけです。そしてがんばった人は1.1×10で11になるわけです。ここで1の差がつくわけです。

この1というのは大きな差です。なんていったって、1とは1年間分の集大成です。見方によってはがんばる人とそうでない人とでは1年間分の差がつくわけなのですから。

こうして私たちは少しずつがんばることでどうにかライバルと差をつけて、自分が悪い立場にならないよう、文字通りがんばります。

ここまで書くとお分かりいただけたと思いますが、これは競争の原理が働いているわけです。

ライバルに負けないよう、毎日少しずつがんばって差をつける。負けないためにがんばるわけです。

これ、ものすごく真っ当に聞こえますよね。

そうか、才能のない自分でもこれをやっていけば、相手に勝てるかもしれない。よし、歯を食いしばってがんばろう、と。

しかしここに大きな落とし穴が二つあります。

落とし穴1つ目:上には上がいる

これは勉強でもいいですし、スポーツの世界でもいいです。私はスポーツはからきしで、勉強ばかりしていたので、勉強の例で書きます。

模試などで例えいい点数を取っても、上には上がいます。クラスで一番になったからといって、全国にはとてつもなく頭がいいライバルがゴロゴロといます。

地頭がいい人もいますし、しかもそういう人も御多分に洩れず、一生懸命努力するのですから鬼に金棒です。こうなると、自分は1.5倍くらいでがんばらないとついていけなくなります。

ここまでくると、がんばり続けることの限界が見えてきます。

落とし穴2つ目:がんばり続けることはできない

次に、がんばり続けることは、人間できないということです。

例えばゴムをぐーーと伸ばし続けると、ゴムはビヨンビヨンで弛んでしまうのと一緒です。がんばり続けるのをゴムをぐーと伸ばすのに例えましたが、ゴムは伸縮性がありますが、それも伸ばし続けると効力を失います。着脱をする時など便利なように伸びるようになっていますが、ずっと伸び続けるのを想定した作りにはなっていません。

ゴムで有名なものとして、ワンピースのルフィがいますよね。彼もずっと手足が伸び切っているわけではありませんよね。

攻撃する時、防御する時、必要に応じて身体を伸縮させています。ずっとびろんびろんの主人公というのは、ちょっと避けたいですよね。

緩める時間を作る

ここまでがんばり続けることはできないことやそのデメリットを説明してきました。この「ちょっとずつがんばるプラン」はとても有能な策ですが、万能ではないのです。

ここでこのプランを強化する策を自分は持っています。それは休憩したりなどして緩める時間を意図的に作るということです。

この、がんばることは、誰しも奨励するのに、休憩することを奨励する人はあまりいません。

この、がんばるプランは、「休憩を取る」こととセットになって、初めてその莫大な効果を発揮するものだと思います。

ゴムの例で言えば、ずっと伸ばし切るのではなく、必要な時だけ伸ばすのです。ルフィだってずっと手足を伸ばしていません。戦う時だけ伸ばします。

比率でいえば、通常時が8で、がんばるのが2くらいの感覚です。

しかし人生でがんばるのは全く逆で、がんばるのが8で、休んだりする通常が2くらいの感覚ではありませんか。それは常軌を完全に逸しています。

ぼーとしたり、弛緩したりするのが8で、がんばるのが2くらいの感覚でいいと思います。そのくらいがメリハリがつくはずですし、8もがんばっていたらすぐにガス欠になってしまいます。

もし8くらいがんばらないとついていけないのであれば、それは残酷なようですが、自分に合っていないということなのだと思います。それに8くらいがんばっていると、じきに心と身体が壊れていき、自然とそこにいられないようになってきます。

壊れる前に、がんばるのと休む比率がおかしくなっているのであれば、そこから去ったほうがいいのだと思います。

鶏口なるも牛後なること勿れ、なのか、牛後なるも鶏口なること勿れなのか、どっちがいいかというと、私は「鶏口なるも牛後なること勿れ」の方が良いと思っています。

いくらトップ集団に入れたとしてもそこでジリ貧でずっとがんばらないといけない環境よりも、世間からなんと言われようと、自分がいて幸せな空間で幸せに生きた方が、何千倍もいい人生だと思うのです。

ブツ撮りとスナップ写真

写真の世界では「ブツ撮り」という世界があります。別名 物撮りとか、スチール撮影とか静物写真とか言いますが、要は撮影する場所を自分でセッティングして、商品や物を撮影する行為です。

これには大変な手間がかかります。その商品を置く場所をセッティングして、ライティングをセットして、撮影します。とても時間と手間がかかる反面、そこで出来上がる写真は、ただサッと写しただけではない唯一無二なものとなります。

私はこのブツ撮りが好きではあるのですが、時間も体力も必要なため、やる際にはよいしょと、腰を上げなければいけない感覚に襲われます。

一方街中に出てスナップ写真を撮る時には、そんな重い腰を上げる必要はありません。自分の目に入り気になった物をシャッターで切っていけば良いだけです。

最近は肖像権やプライバシーの関係で、気軽にパシャパシャと撮ることが難しくなってきましたが、それでも気軽に撮れるスナップ写真が好きです。

私はブツ撮りが上記の「がんばるもの」、スナップが「通常、休んでいる状態」に近いです。そしてどちらがいいというわけではなく比率の問題で、ずっとブツ撮りをしていると疲れてしまうので、やっぱりブツ撮りの比率は2くらいがいい。そして残りの8で、パシャパシャとスナップ写真を撮っていきたいと考えています。

がんばると休むの比率を見直そう

最後にまとめですが、現代はがんばる比率が高すぎる気がしています。本来休む方が比率多めで良いのです。

休む8、がんばる2。この比率を私も達成できていないと思うので、これからの人生、休む比率を多くして、自分に優しい人生にしたいと思います。

それでは全8回の連載を読んでいただき、ありがとうございました。これを読んでくださった方の人生が、より幸福なものになることを祈っています。

次回から何をテーマにするか決まっていませんが、1週間考えて、また筆を取りたいと思います。

以上となります。

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