アウトプットを否定された時は、自分に甘くする

自分が頑張って出したアウトプット、それは仕事の成果かもしれませんし、テストの結果かもしれません。それか何か表現した時の表現物かもしれません。

そういった自分から出したアウトプットたちが人から受け入れられないとき、私たちはとても強い不快感を覚えるようになっています。

そしてアウトプットが否定された時、それは”良くないものだ”と思い込み、自信を失い、二度と人前に出さないようにします。

私はずっとこの問題を抱えていました。よくある自己啓発系の本やネット記事ですと、アウトプットが否定されたからといって、それはすなわち、その人自身を否定したものではないとか、自分に自信を持って、自己効用感を高めようという結論を出しているものが多い印象です。

しかしそれらは全て感情や考え方に沿ったものであり、もう少し理論的にこの問題を解決できないか、考えてきました。

今回はその解決法について、苦しみの末に編み出したものを1つご紹介します。このやり方で少しでも生きるつらさが軽減される人がいれば、幸いです。

そもそもなぜ否定されると傷つくのか

まずそもそも、なぜアウトプットが否定されるとひどく傷つくのか、その原因を探っていきます。

これはとても基本的で原始的なヒトの本能であり、傷つくのが普通であるというのが持論です。

例えば自分は好きでやっていることでも、全く人の役に立たないことばかりやっていてはどうでしょうか。

例えば歌が好きでそれをずっと好きでやっているが、周りからしてみては正直うるさいし、それよりも仕事をして収入を得て欲しいと思っていたらどうでしょうか。

その時他人は、「君が好きなのはわかるけど、もっと働いてくれないかな」と言うかもしれません。

そして本人は「なぜ好きなことをしていけないんだ」と逆ギレするかもしれません。

ただ、ここで重要なのですが、好きなことをするのは自由なのですが、人間の世界は「共同社会」です。誰かが農作物を作り、その農耕具を誰かが作り、そして農作物を誰かが持ってきてくれるから、世の中は回っています。

それは役割を分担し、効率化するためです。その効率化のおかげで、豊かで快適な生活を営めています。

みんなが自分が好きなことばかりし始めては、世界が崩壊するでしょう。自分のやりたいことを抑え、他人と強調することでまず食っていく。その人間の基本的な生き方があります。

そして先ほどの歌が好きな人は全然認められず、精神的に落ち込むでしょう。そして自分の好きなことを封印し、しばらく仕事をし始めたりもするでしょう。

これは社会の歯車として生きていくことを意味します。しかし側から見ると、否定されるからこそその人は社会の歯車となり働き、それの対価として生きることを許されます。

もしこれが否定されても全然めげずに傷つかなかったらどうでしょう。この問題を考える時によく思い浮かぶのが「アリとキリギリス」の童話です。仕事をしなかったキリギリスがどうなったかはみなさんもよくご存知ですよね。

働かざるもの食うべからずとも、昔からよく言ったものです。

人から注意されても何も気にせずそのまま独断で走ってしまった人の末路は、よろしくないものが多いでしょう。

ですから、ちゃんと傷ついて反省するという心の動き自体は普通ですし、社会生活を営む上で、このサインをちゃんとキャッチできる性質は大切なものなのです。

傷つきすぎるのが問題

人から自分のアウトプットに対し何か言われる、いえもっと広く言えば、自分のことを相手が否定してきたという、もっと直接的なことでも構いません。

その時否定されると「そうか、もっと自分は頑張らなきゃいけないな」とか、「自分はここがダメなんだな」と思い、「よし、もっと頑張って直そう」とかポジティブに捉えられる分にはいいです。

しかしこれが行き過ぎると、「こんなに注意されるなんて自分はダメな人間なんだ」、「自分は世の中にいても価値がない人間なんだ」と思い込みがネガティブな方向に行ってしまいます。

こうなるとうつ病等になってしまうので、この行き過ぎは止める必要があります。

ムチばかりでなくアメをあげる

私は、自分に厳しく接するムチの回数は正直減らすのが難しいと思います。

なぜなら自分に厳しい人はもう子どもの頃からそういう性格になっているので、大人になってから変えるのは、ほとんど不可能だと思っているからです。

その上でもっと自己肯定感を持とうというようなふわっとした解決策を提示しても、あまり効果はないと考えます。

自分の場合は、ムチの回数を減らすのはあきらめて、もっと自分へのアメをあげる回数を意図的に増やすべきだと考えます。

アメとは例えば「ご褒美」だったり、自分が楽な方向に誘導することです。

もしかするとここで、「いや、そういった自分に甘えの気持ちを強くするのも性格を変えることだから、難しいんじゃないか」と指摘を下さることもあるでしょう。

しかしここも人間の本質の一つで、「人間、易きに流れやすい」という特徴があります。

本当に人間は自堕落な生き物で、少しでも気を抜くと、どんどん、どんどん、楽な方向に行ってしまいます。

今回はこの性質をうまく利用して、自分にもっと甘くするのです。人間、甘いのは大歓迎ですから、けっこう甘い誘いに乗ってきます。

本当は今日この課題をやっておかないといけないけど、明日にしてしまおう。

本当はもうやめた方がいいけど、もう少し遊んでしまおう。

文字に書くとものすごいダメ人間を生産しそうな悪魔のささやきたちですが、自分を責めてしまうくらい真面目な人にはこのくらいがちょうどいいのです。もっと自分に甘くしましょう。

結論:悪魔のささやきに耳を傾ける。もっと自分に甘くする

結局私ももしかするとふわっとした解決法なのかもしれません。

しかし、ポイントは二つです。

一つ目は、無理に自分を否定しないような働きかけはしないということです。ちゃんと反省することは良いことなのですから、その性質を直そうとはしない方がいいと思います。

二つ目は、その代わりにもっと自分に甘くするということです。自分を責める人は完璧主義者の人が多い気がします(自分を含め)。それよりももっと自分に甘くして、楽な方を選ぶ。人間の性質として「易きに流れやすい」ので、この性質をうまく使って、楽な人生を送ればいいと思います。

今回は以上となります。

ありがとうござました。

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