優しい人こそ、リターンを考えた方がいい
この「優しさ」については、本格的にブログの方で取り上げるのは2回目なのですが、最近気になっている言葉ですので、また考えてみたいと思います。
昔から、私は「あなたは優しい」と言われてきました。今でもそう言われます。
自分としては普通に生きているだけなのですが、やたらと「優しい」と言われるのです。
これは自分と相手からの評価が食い違っているということですので、この食い違いについて、紐解いて整理していきたいと思います。
目次
優しい人は感受性が高い
まず一般的に「優しい」とは、相手のことを思いやれることを言うかと思います。
なぜ相手のことを思いやれるかというと、相手を自分ごととして捉え、前に自分が嫌だったことを相手にはしないようにする心の動きが見て取れます。
まずこういう人の特徴として「感受性が高い」ことが挙げられます。
感受性が高い、つまり感情の受け取り方が敏感である人は、言ってしまえば傷つきやすい人なのだと思います。
感受性が高いからこそ、相手から嫌なことをされたりした時に、大きなダメージを負ってしまうのです。
一方、相手から嬉しいことをされた時はその嬉しさが倍増するというメリットがあります。
例として挙げるのであれば、柔らかい状態で回っている陶芸のつぼ、のようなものでしょうか。
あれは手で加工しやすいように柔らかい状態ですよね。あのように外部からの衝撃に非常に弱いのです。一方、相手からの衝動を受け、すぐに自分を変えられる柔軟性を持っています。
別に感受性が高いことはいいことでも悪いことでもなく、傷つきやすくそして柔軟性が高いことを示しているだけの、ただの特徴だと思います。
そして感受性が高いからこそ、自分が嫌だったことのダメージが大きく残っています。
ここで二つに分かれる気がするのですが、自分が嫌だったことを相手にはしないようにする人と、自分が嫌だったことをあえて相手にもしようとする人間です。

優しい人は、自分が嫌だったことを、相手にはしない
ここで優しい人とそうでない人の差がつく気がしています。
おそらく、優しい人は感受性が高く、自分が嫌だったと感じたことを相手にはしないのです。一方、感受性が高く嫌だったことを受け取って、それを腹いせのように誰かにもする人もいます。前者と後者の違いはなんなのでしょうか。
それは相手を可哀想だと思えるかどうかだと思います。では次に、可哀想と思える人とそう思えない人の違いを考えてみます。
可哀想だと思える人は、おそらく相手の立場に立てる人だと思います。少しうがった考え方ですが、相手が自分だと仮定することができる場合、自分に嫌なことが来るわけですから、当然嫌なわけです。
それを回避するために、相手に自分と同じ嫌な思いはさせないということです。つまり結局自分に嫌なことをしないのと同義なのです。

相手のことを自分だと思えない人は、赤の他人ですから、その人がどうなっても構いません。そのため、無責任な行動が取れてしまうのです。
では次に、なぜ相手の立場になって考えられるのかという点ですが、これは極端な話、子どもの頃に受けた教育だと思います。
日本では一般的に「相手のことを考えなさい」とか「周りのことを考えなさい」とか「周りには優しくしましょう」とか、そういった他者への配慮を促す文化があると思います。
ですから、「自分が嫌なことは相手にもしない」は日本文化として醸成されてきた気もするのです。
その中で特に感受性が高い人が生きてきた中で大小様々な痛みを経験しているため、それを相手にもしないよう、従順にそのルールを守ろうとするわけです。
つまり、優しい人とは、相手を思いやるという文化の元で育ち、かつ感受性が高いため、いろいろなことまで配慮できてしまう人を指すと思います。

優しい人の弱点
いろいろなことに配慮できるため、相手にも感謝され、一見良いところが多そうな「優しさ」ですが、諸刃の剣のように弱点もいくつか抱えています。
傷つきやすい
これは先程も書きましたが、傷つきやすいということです。とりあえず感受性が高いので、いろいろなダメージを受けやすいです。
イメージとしては、擦りむいた膝小僧といったところでしょうか。皮がめくれ剥き出しの部分は、お風呂に入ったりするときに痛かったはずです。あれのような敏感な状態が優しい人の感受性です。弱い刺激でもキャッチできますが、痛覚につながるため、心労が激しいという弱点があります。
自分を責めやすい
次に挙げられる弱点として、できない理由を自分に見つけ、自分を責めやすいという点があります。
例えばその高い感受性で相手にしてあげる方が良いことを思いついたとします。しかし事情によりそれができなかったとします。この場合優しい人はその原因を自分にあるとしやすいと思います。
これはなぜかというと、自分に原因を向けても自分は反抗してこないためだと思います。相手に原因を求めると相手は拒否したり攻撃してくる可能性があります。
先程も書いたように、優しい人は擦りむいた膝のように、敏感な状態です。そこに攻撃されるのは嫌ですから、基本的に他者からの攻撃は受けないように生きています。
そのため、原因も攻撃してくる他者ではなく、反撃してこない自分に求めているというのが、私の見解です。
当然自分を責めて気持ちの良い人はいませんから、自分を責め続け、ストレスが溜まり、何もできない自分に対して自信が持てないという悪循環に陥ってしまいます。
嫉妬しやすくなる
これはまた私の個人的なうがった考え方かもしれませんが、優しい人は相手に嫉妬しやすい気がしています。
基本的に自分が嫌なことは相手にしないというギブの精神で成り立っているため、そのテイク(お返し)を求めているような気がします。
それにも関わらず他者の方が優遇されたりするのを目撃すると、自分の中での論理が破綻し、ストレスを抱え込みやすくなると思います。
優しい人が快適に生きていくためには?
このように、良い点は多くありつつも、弱点も抱える優しい人が快適に生きていくためにはどのようにすればいいのでしょうか。
原因を自分だけに求めない
まず一つ大事なこととして、原因を自分だけに求めない、ということが挙げられる気がします。
何か不都合があった場合、それを全て自分で解決しようとするのが、優しい人の特徴です。
しかしなんでも一人で解決はできません。ですから、その原因を解決するために、自分が頑張る以外に、他者の手も借りるようにします。
そんな簡単に助けを求められないよ、とお思いになると思います。そういう時は急にヘルプを出さないまでも、「ここはこうなるといいな」という理想像を思い浮かべてみます。
人間、想像できないことは実現できないと言いますが、まず自分がこうしたいというイメージがなければ、成功のイメージを持つことができません。
相手にお願いをする
自分も含め、この第2ステップをなかなか踏めない人が多いと思います。
1つ目で相手にこうして欲しいなという気持ちがイメージできたら、実際にそれを相手に伝えるという行動に移すことが第2ステップです。
これは優しい人が一番嫌う、「反撃を食らう」可能性があるため、優しい人は基本的に避けたがる傾向にあります。
しかし、ここはダメージを負ってでも、勇気を出していかねばならぬところかなというのが所感です。
人生、残念ながらノーリスクでリターンを得ることは難しい掟となっております。なにがしかのリターンを得たいのであれば、傷つくリスクを含んで挑戦する必要があると思うのです。
この際のリスク対策として、もし断られた時のことを想定しておくと良いと思います。断られ方も、ものすごく拒否される場合か、まあ普通に拒否される場合、あまり拒否されない場合と、大中小項目レベルで備えておきます。
そうすることで、拒否された時にダメージを負っても、そのリカバリーを考えることができ、回復までの時間を早めることができると思います。
一歩他者に踏み込む勇気
私が今々課題に感じていることは、この話のまとめになると思いますが、優しい人はその特徴がゆえに他者から感謝される存在になるのですが、疲弊していく末路を辿る人が多いのだと思います。
それを改善するために、優しい人は苦手ではあるかもしれませんが、拒否されることを我慢し、一歩相手に踏み込み、交渉していくことが必要だと思います。

踏み込む時の心構え
勇気を出して相手に話をしてみよう、と言葉で書くのは簡単です。
優しい人の頭の中では、それはわかっていても、拒否される恐怖に悩まされるはずです。
その時のために、ロジックで、話した方が良いことを、頭に理解させておく必要があります。
例えばここに、「断られるライフ」が3個あるとします。これはマリオの1機、2機と同じように、ライフと同じようなイメージです。
優しい人はそこまで拒否されることに慣れていないので、3回までしか断られることに耐えられないとします。
そうして、交渉を試みて無事成功した時のメリットを考えます。
ここでライフの価値(挑戦できることのできる数)と、交渉で得られるメリットを鑑みて、メリットが大きいなと感じることにチャレンジすれば良いと思います。

挑戦をしないときは、このライフの価値を大事にしすぎていて、得られるメリットを見ていないことが多い気がします。
そうではなくて、リスクを冒したとき、どんなメリットが享受できるのか、それを考えると良いと思います。
まとめ 防御だけでなく攻撃もする
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
結局のところ、優しい人というのは拒否されるダメージがやはり気になるあまり、相手に交渉しにくいことが多い気がします。
しかし交渉をすることで、自分が生きやすくなるケースも多分にありますので、そこは傷つくリスクを冒してでも、挑戦をした方が良いと思います。
一方、挑戦をし続けても疲れてしまうと思いますので、自分をまずは第一に考えつつ、未来の自分も幸福になるような心遣いを、自分を一番にして考えてあげれば良いのかなと思います。
今回は以上となります、ありがとうございました。











コメントを残す