利害関係者とはなにか
ロバートの秋山さんの歌で、「関係者」というものがあります。
これは主に芸能界などで、「関係者以外立ち入り禁止」となっている時の「関係者」を指しています。
特別な役職のようでかっこいい、うらやましいという主旨の歌となっています。
これはその関係者という概念をおもしろおかしく、秋山さんなりの視点で描いたものですが、この関係者という意味はなんなのでしょうか。また関係者の前に”利害”がつくと、利害関係者ともなります。
関係者と利害関係者の違いなど、自分なりに考察していきたいと思います。
関係とはなにか
まず「関係」という言葉を深掘りしていきたいと思います。「関」も「係」も、かかわると読みますよね。
これは文字の通り、誰かや何かと特別なつながりを持つことを指すのだと思います。
例えば家族の関係だったら、肉親として強い絆でつながりますし、
友達同士の関係であれば、仲の良い一緒にいて楽しいつながりになり、
恋人同士の関係となれば、友達同士よりさらに親密なつながりとなります。

利害関係者とはなにか
利害関係者となると、この関係の結びつきがさらに強くなります。
そこには利害というあからさまに損得勘定が生まれてくるのです。
ではここでいう利害とはなんでしょうか。それは、この人と一緒にいることで自分に便益がある、
また、この人がなにかヘマをすると、自分の損につながるという、損得勘定が入ってくるのです。

関係とは相手と自分、ロープでつながっているようなもの
これはあくまで私の感覚ですが、関係とは、相手と自分で、ロープのようなものでつながっているような感覚があります。
そしてこのロープはゴムのように伸び縮みしません。綱のようなもので伸縮性はありません。ですので、相手がどこかにいくと自分もそれについていかなければならない感じです。
逆に自分がどこかにいく時は相手もロープに引っ張られ、一緒に移動しなければならない。そんなイメージがあります。

相手に引っ張られすぎるとつらい
ロープに伸縮性はないため、相手が動けば自分も動かなくてはならないと先ほど書きました。
これがずっと相手主導ですときついものがあります。相手に合わせてずっと自分が気を遣いながら動き続けなければなりません。
優しい人は相手を優先するがあまり、この相手主導のロープになってしまっている気がします。
自分の方にグイグイと引くと、相手に悪いなと思って、どうしてもその手綱を引くのをためらってしまうのです。
そしてロープで引かれるのに疲れると、そのロープという関係性を切ってしまい、相手と疎遠になってしまうのです。
人間関係はロープの押し引き
皆さんは子どもの時、小学校の体育祭などで、綱引きを一度はやったことがあるのではないでしょうか。
あれは勝負ですが、あの感じで、押したり引かれたりしているのが人間関係だと思います。
あの勝負が拮抗するのはどんな時か思い出してほしいのです。なかなか勝負がつかない時はそう、両者の力関係が同程度のときです。
人間関係も同じです。相手が強すぎるとグイグイと自分が引かれ、相手主導になってしまいます。
そうではなくて、力関係はあくまで同等とし、相手に引かせるときもあれば、自分が引くときも同じくらいあっていい、そういう気持ちになるのが大切だと思います。
相手が正論で戦ってくるときは
相手は自分の主張を通したい時、つまりロープを自分の方にぐいと寄せたい時は、自分なりの正論を述べてきます。
これをやるのは当然のことだし、両者にとってメリットがある。だから自分の方が正しいと。
正論を言われると、間違ってはいないので、その引き寄せに吸い寄せられたくなります。
しかしここで自分の正直な気持ちを確認してほしいのです。
確かにあなたのいうことは真っ当だし、とても正しいこと。
でも私は今こう感じていて、それはやりたくないと思っている。
相手を否定することなく、そのロープを優しく手繰り寄せる。そんなアプローチが必要な気がしています。
今回は以上となります。
ありがとうございました。











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