競争とはなにか

今回は人間社会の「競争」の概念について、考えていきたいと思います。

これは人間社会だけでなく、生物の社会では共通の話かもしれません。

「強ければ生き、弱ければ死ぬ」は有名な志々雄真実さんのセリフですが、そういった弱肉強食の世界はあるのでしょう。

しかし私はそんな弱肉強食だけでない、優しい世界が存在することを証明したいのです。それを証明していくためにはこの「競争」の概念を克服しなければいけません。今回のブログはそれがテーマとなります。

競争とは

競争とは「競い争う」と書きます。競うも争うもどちらも同じような意味ですね。

「競」という字はAとBとでどちらが優秀か、劣っているかをはっきりさせるという意味があります。

また「争」は逆方向に引っ張り合う情景を示しており、物を取り合う意味を表現しています。

(漢字源 第六版 藤堂秋保 松本昭 竹田晃 加納喜光 Gakken)

こう見ると微妙に似ているようで、少し意味が違う気がします。

競は区別を意味し、争は正に取り合っているという意味なので、同じ意味というより、二文字並べることで、意味ができる言葉だと思います。

ちなみに国語辞典だと「競争」とは勝敗・優劣を他と争うこととあります。

(新明解 国語辞典 第七版 三省堂)

上の図でいうと、どちらが優っているかということを、XとYが取り合っているような情景を思い浮かべます。

競争は悪いことばかりではない

競争はなんだか殺伐としたイメージがありますが、悪いことだけではありません。

逆をいうと、品質などを維持するためには、この競争が欠かせません。

例えば「静」という字。字のごとく静かで調和が取れているイメージがありますよね。しかしよく見ると、字には「争」という文字が入っています。

これは「争」に調和を保つという意味が含まれているからです。両方向から引っ張り合うことで、逆に力の均衡が保たれるというわけです。

静という字は、両方向から引っ張り合ってもらったおかげで、均衡が保たれて静かである情景を示しているのです。

またどちらが良いかという優劣を争うことで、両者が切磋琢磨し、品質が向上していくという利点もあります。

競争は品質向上に欠かせないものなのです。

一方、競争ばかりでは疲弊する

しかし競争をしてばかりでは疲れてしまいます。

それもそのはず、「争」は両方からぐいぐい引っ張られるのです。間にいるものからすれば両方向から引っ張られてしんどいはずです。

また競うためには自分のスキルを向上させなければなりません。すぐにスキルは向上しないため、才能や努力が長期間にわたって必要です。そんなことをずっとやっていっては、いつかは燃え尽きてしまいます。

競争の反対は「弛緩」

優劣を競い合う競争の概念の正反対にいるのが「弛緩」の概念だと思います。

「弛」は弓の弦をほどいてゆるまった様子、

「緩」はAとBとの間に余白を作り、ゆったりさせる意味があります。

つまり弛緩とは緊迫した物にスペースを作り、ゆったりさせる意味があります。

競争では優秀かそうでないかを両方がぐいぐいと引っ張り合い、そこに糸があるならピンと張り合っている状況でした。

しかし弛緩はそれを緩めます。そしてその両者をそのままの位置に置いておくのです。そうすることで両者の間に空間ができます。距離ができます。

この緊張の糸(上図でいえば赤い線)を切ってあげることが弛緩となります。

緊張の糸を切る

この現代社会は競争の世の中です。

どちらがテストの点数で良い点を取るか。

どちらが50m走で早く走れるか。

どちらが良い大学に入るか。

どちらが多い給料をもらっているか。

人は誰かと比べながら、自分の世の中での立ち位置を知りたがります。

優秀かそうでないかという二つのはざまで、緊張しながら判断をして生きています。

しかしそんな緊張状態にずっといることはできません。その緊張の糸はそんなに太くはできていません。

ですから、その糸を切り、優秀かそうでないかという問題は一旦そこに放置しておきます。

秤の例

もう少し違う例で言うのであれば、「秤」でしょうか。左と右に物を乗せ、どちらが優秀かという基準でそれらを測るのです。

これをずっとやっているような物です。いちいち物を測りながら判断するなんて、面倒ですよね。

だから推し量るのではなく、二つのものをただそこに置いておく。秤という計器に乗せるのはやめて、ただ二つのものを置く。

そうすると上の図のように、不思議なもので、高低がなくなったことに気付かれると思います。

なので、この高い低いとか優秀かそうではないかということは、人が作ったこの秤で測ろうとするから優劣がついてしまうわけです。

ただ単にその事象だけを捉えれば二つに何も差はないのです。

まとめ:緊張の糸を作っているのは自分。事象はただそこにあるだけ

ここまでの話をまとめてみたいと思います。

競争というのは自分の中での秤や定規のようなもので優劣を推し量ることです。

しかし一旦その秤から物事を下ろした時に、どちらも別に変わらないことに気付くでしょう。

基準を設け、測ることで優劣を判断することはできます。しかしそればかりをしても疲れてしまうので、時には秤から物を下ろし、物そのものを捉える考え方が必要なのだろうと思います。

今回は以上になります。ありがとうございました。

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