集団とはなにか

人は何がしかの集団に属していると思います。

それは学校だったり、家族だったり、会社だったり、いくつかのコミュニティがあって、そこに属しているかと思います。なんの集団、組織にも属していないということはないでしょう。

どんなに「おれは一人で生きているぞ!」と言っても、日本のどこかで暮らしていれば、「日本」という国に属していると言えます。

自営業をしていて、会社には属していないといっても、例えば商店街の中でやっていれば、その商店街の組合のようなものに属しているとも言えます。

このような属しているという意味には「上下」の関係が見え隠れています。今回はこの「上下」の考え方について、書いていきたいと思います。

従属の関係

私たちは生まれた時から、家族というグループに所属することになります。

お父さんとお母さんがいて自分がいる。自分の兄弟、おじいちゃんやおばあちゃん、親戚。まずはそういった関係から始まっていきます。

そして幼稚園や小学校に入ると、○○幼稚園に所属している、また△△小学校に属しているなど、コミュニティが広がっていきます。

そして学校教育が終わると、社会人として社会に出ていくこととなります。

サラリーマンになれば、その会社に属することになります。

幼い頃からまず家族というグループに入ると言いましたが、上下の関係でいうと、一番下のクラスに入ります。

オギャーと生まれてから、この家系図の一番上から始まる人はいません。

今まで脈々と受け継がれてきた歴史を引き継ぎ、自分が誕生します。

そして自分のボスは父、母となります。親の役割がない限り、赤ん坊は一人で生きていけません。必ず何がしかの庇護者が必要です。

そして学校に入ると、自分のボスは誰に変わるかというと、先生になります。

このあたりから競争の概念が生まれてきます。

まず学校では勉強や体育などにより、学力や体力を向上させ、国力の水準を上げることが目的です。

では学力や体力を向上させるために何をするのか、それは競争させるのが一番です。

私たちには元来、生存本能として、誰かより強くなり、獲物を取る、食料を確保するという強い本能があります。

それを利用し、周りと競争させることで、放っておいても学力・体力を向上させる仕組みを作ります。

もしこれがワンツーマンの個人レッスンだったらどうでしょう。そもそも何万人の子どもにワンツーマン教育させるのは無理ですが、一箇所に集めて競争させることで、自分は負けてはいけない、勝たないといけないという強い脅迫観念が生まれ、飛躍的に一人でやるより学力が向上します。

芥川龍之介の蜘蛛の糸で、地上から垂れる1本の糸に群がる、人々のようです。

それに掴まらなければ、自分は死んでしまうくらいの強い強迫観念により、「負けてはいけない」という強い信念がここで生まれてしまうのです。

そしてその蜘蛛の糸を垂らしてくれる自分の庇護者に依存するようになります。これで従属の関係の出来上がりというわけです。

これは社会に出てサラリーマンになったとしても同じです。

この庇護者が会社となり、自分の上司たちになります。

ただこれは悪いことばかりではなく、自分が年長になっていくと、今度は自分が年下の人たちから見た、庇護者になります。

そしてこの庇護者のバトンが世代の移り変わりにより、引き継がれていくというわけです。

よく言われる終身雇用の終わりの話

今までの日本では、この庇護者のバトンの引き継ぎが、会社の中でもうまく機能していました。

自分がまだ会社に入りたての頃、上の人に面倒を見てもらい成長をした。

自分が上の立場になったとき、同じことを、年下の人にやってあげよう。

人間、もらったものは返したくなるという返報性の法則というものを持っています。それをうまく利用して、この庇護者のバトン制度は続いてきました。

しかし、人材難の売り手市場の今では、転職が当たり前となっており、庇護者のバトンを誰にも引き継がず、別の会社に転職するパターンも増えてきています。

こうなると新卒で入ってきても、誰にも教えてもらえずモチベーションが低下し、転職してしまう、という人材ロスにつながります。

売り手市場となり転職が当たり前となってから、この終身雇用の制度は終わってしまったのです。

また経済成長の高止まりを受け、企業は生き残りをかけ、しのぎを削っています。企業が必死になると、当然従業員も必死に働かなければなりません。しかし終身雇用も終わりどこまで会社のお世話になれるかわからない時代になってきています。

私たちは今までやってきた「庇護者のバトン」形式を捨て、どのように生きていけばよいのでしょうか。

組織と対等となる

これは別に会社に限った話ではありません。

組織と自分を上下の関係ではなく、対等の立ち位置と考えます。

左の「庇護者のバトン」形式では、組織からの指示も適切で、自分も相手もWinーWinであればうまく機能していきます。

しかし独裁制と同じで、独裁者が有能はうちは良いですが、そうではないパターンになってしまった場合、自分に多大な被害が及んでしまうというデメリットがあります。

一方、自分と組織が対等な場合は色々と話し合って進める必要があるため、意識整合に時間がかかりますが、嫌なことは嫌と断れるメリットがあります。

組織に依存しないことで、自由が手に入るのです。

まとめ 自分の頭で考え、自分で決める

確か、エヴァンゲリオンの結構最終の方で、「男の戦い」という話がありました。

そこで加治リョウジさんから、主人公の碇シンジくんに言った言葉が印象的です。

「自分の頭で考え、自分で決めろ」

組織に所属している限り、庇護者の言うことだけを聞いておけば良いです。

親の言うことを聞いておけばいい。

先生の言うことだけを聞いておけばいい。

会社の言うことだけを聞いておけばいい。

でも庇護者の言うことに違和感を感じ始めたら・・・?その時は庇護者の元から離れ、別の庇護者を探すのもよし、それか自分で対等に組織と向き合うのも良いでしょう。

いずれにせよ、自分の人生なのですから、他人の人生のオプションにはなりたくないものです。

今回は以上となります。

ありがとうございました。

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